【連載】チコちゃんに叱られる! 茶柱が立つと縁起がいい
1月16日(金)に初回放送され表記の番組についての感想・考察。本日は、
- なぜスキージャンパーは高いところから飛んでもケガをしない?
- なぜ茶柱が立つと縁起がいいと言うようになった?
- 真珠ってなに?
という3つの話題のうち2.について考察する。
放送では「番茶を売りたかったから」が正解であると説明された。4度目の登場で日本の文化に詳しい三浦康子さん(和文化研究家)&解説は以下の通り【要約・改変あり】。
- 茶柱は茎の部分。お茶にはさまざまな種類があるが、茶柱が立つのは主に番茶。煎茶では茶柱は立たない。
- 一般的に緑茶として飲まれているのは煎茶。煎茶は茶の若葉を摘んだ後、蒸す・揉むなどして作られる。若葉を摘むため、お茶の茎の部分は入っておらず、当然、茶柱が立つことはない。
- 煎茶の中でも、その年の最初の新芽で作ったお茶を『一番茶』と呼び、以降摘み取った順に『二番茶』、『三番茶』と呼んでいる。
- 一方、番茶は規格外のお茶。『三番茶』までを摘み取った後の硬くなった茶葉や、煎茶を作る過程で規格外となった不揃いな茶葉で作られる。そのため、茎の部分が交ざっていて茶柱が立つことがある。
- 番茶は、煎茶と比べてカフェインやタンニンが少な目、香り・風味が控えめという特徴がある。風味が足りないという人もいるが、料理に合わせるなら番茶が好きという人も多い。
- 煎茶に比べて質が劣るとされた番茶はあまり人気がなく売れ残ってしまうことが多かったという。そこで、いつの時代かは定かではないが、現在の静岡のお茶商人が人気のない番茶を売るために「茶柱が立つと縁起がいい」と触れ回ったという。
- 柱は物事の土台を支える象徴になる。『大黒柱』や『床柱』のように柱がしっかり立つことは家庭の安定や繁栄を意味する。また日本では神様を数える時に「一柱」、「二柱」というように『柱』を単位を使う。そんな柱になぞらえて、茶柱が立つと縁起がいいという噂を広めて番茶を売ろうとした。
- なお、茶柱が立った時の注意点として以下の言い伝えがある。
- 茶柱が立ったことを他人に言うと運が逃げる。他人に知られる前に呑み込むと運を取り込める。
- 立った茶柱を着物の左袖に入れておくと運気がアップする。
- 茶柱は偶然に立つものだが、立つ確率を上げる方法はある。
- 茎が通る穴の大きい急須を使う
- お茶を静かに注ぐ
- 茎の太いほうをつぶす
ここからは私の感想・考察を述べる。
まず、放送では「煎茶に比べて質が劣るとされた番茶はあまり人気がなく売れ残ってしまうことが多かった。そこで、「いつの時代かは定かではないがお茶商人が人気のない番茶を売るために「茶柱が立つと縁起がいい」と触れ回った。」と説明されていたが、「いつの時代か定かではない」ということでは文化の由来の解説としては証拠として不十分であるように思う。「茶柱は縁起がいい」と記された古文書を発掘したり、静岡のお茶商人がそのような宣伝活動をしていたという証拠を示してもらわないと、すんなりと受け入れるわけにはいかない。
なお、ウィキペディアでも、
茶柱にまつわる俗信は、駿河の茶商人が質が劣るために売れ残る二番茶を売りやすくするために吹聴した、「茶柱が立つと縁起が良い」という話が元になっていると言われる。
という説を紹介しており、出典は、
●岩井宏實『日本の伝統を読み解く:暮らしの謎学』青春出版社、2003年、ISBN 4413040686、pp.160-163.
となっていた。
放送では言及されていなかったが、茶柱が立つ仕組みについても一言解説が欲しいところであった。ウィキペディアでは以下のように解説されている。
茶柱が立つには、茶柱の一部に空気が残っている必要がある。急須にお湯を入れる直前の茶柱は乾燥しており、全体的に隙間が多い[注釈 1]。しかし、急須内で茶を抽出する間に茶柱の一部分にだけ湯が浸透し、そちらの側が重くなる。その結果、あたかも釣り具の浮きのように、空気が残っている方を上にして茶柱が立つことになる[注釈 2][2]。
注釈
- そのため、乾燥した状態の茶柱を茶に直接浮かべると寝た状態のまま浮くことになる。
- 茶柱全体に茶が染み込むと、茶柱は沈む。
茶柱が絶対に立たないお茶としてはティーバッグがある。ウィキペディアによればティーバッグは1908年にコーヒー貿易商であるトーマス・サリヴァンによって偶然に発明されたというのが定説となっているという。ホテルのビュッフェスタイルの会場では紅茶は100%ティーバッグになっている。日本では1965年ごろより10年ほどかけて普及するようになった。最初は麦茶のティーバッグという形であったという。
ティーバッグの緑茶として思い出されるのは駅弁と一緒に購入するポリ茶瓶時代のティーバッグであった。ポリ茶瓶&ティーバッグは私が頻繁に国内旅行に出かけていた1970年代の最も一般的な給茶方法であった。ティーバッグなので当然茶柱は立たなかった。
次回に続く。
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