じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



8月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
[今日の写真]


 8月21日の午後、岡山では久しぶりに雨が降った。写真は、雨上がりの水たまり。この雨により、15時現在で31.5度あった気温は16時にはいったん27.3度まで低下した。もっとも、気象庁の記録上は岡山市(北緯:34度39.6分 東経:133度55.0分)の雨量は「ゼロ」のままであった。これは、降水量がわずかであったことに加えて、降雨範囲がかなり局地的であったことによるものと思われる。じっさい、すぐ近くの日応寺(ニチオウジ:岡山空港所在地。北緯:34度45.4分 東経:133度51.3分)では11ミリの雨量を記録した。



8月21日(火)

【思ったこと】
_70821(火)[心理]朝青龍関の「心の病」に関する語彙のさらなる蔓延

 けがを理由に巡業の休場を申し出ていながら、モンゴルでサッカーをし、相撲協会から秋場所と九州場所の2場所の出場停止や九州場所千秋楽までの謹慎などの処分を受けた朝青龍関について、各種の「病状」が伝えられている。いくら有名人であるからといって病状に関する個人情報があそこまであらわにされてよいものかと思う一方、2005年9月22日の日記等で取り上げた「精神疾患に関する語彙の蔓延と言説の増大サイクル」がますます真実味をおびてきたとの印象を持たざるを得ない事態になってきたような印象を受けつつある。

 サンスポの記事からこれまでの経緯を引用してみると、
  • 7月25日 夏巡業に休場届を出しながら、モンゴルで中田英寿氏らとサッカーのイベントに参加し、ボールを蹴る姿がテレビで放映される
  • 8月1日 協会は緊急理事会を開き、朝青龍の処分を発表
  • 3日 朝青龍の個人的主治医の平石貴久医師が往診し、モンゴル帰国を提言
  • 5日 形成外科(包茎治療)のクリニックを経営する精神科医の本田昌毅医師が往診し、「うつ病の一歩手前」と診断
  • 6日 高砂親方が朝青龍宅で面会。その後、相撲診療所の吉田博之所長が同席して今坂康志医師が往診し「急性ストレス障害」と診断
  • 13日 高砂親方が、今坂医師に治療を一本化することを明らかにした
  • 17日 今坂医師は継続治療をせず、“第4の医師”高木洲一郎氏が往診し、「急性ストレス障害」とした
となっているが、その後、17日と19日に吉田医師と高木医師が診察した結果では新たに、「解離性障害」との診断が下されている。8月21日付けの朝日新聞記事によれば、吉田医師は、「外部の状態を認識しているにもかかわらず、意思の発動がない状態。一歩も外に出られず、拘禁反応が出る恐れもある」と説明したという。ちなみに、朝青龍関自身は、医師の質問には反応せず、診断は、付け人らの話や報道なども合わせて「総合的に診断」した結果であるという。当初の「急性ストレス障害」の病名が変更されたのは「命に差し迫ったストレスはない」との理由によるものであったという。




 以上に報じられた内容は、朝青龍関個人に限定されない重大な問題を含んでいるように思う。

 まず、初期の段階で「うつ病の一歩手前」と診断されたことだが、種々のショックがあったからといって、そんなに簡単に「うつ病」に移行するものかどうかという疑問があるほか、「本当のうつ病なら、誰に対しても無口になるはずだ」との指摘もなされているようである。

 それから「医師の質問には反応せず、診断は、付け人らの話や報道なども合わせて「総合的に診断」された」という部分だが、こういう形だけで診断が下されるというのは、実は非常に恐ろしいことだ。独裁政権下で反政府活動をしている人たち、あるいは、王制のもとで継承争いに敗れた王族などが、政府お抱えの医師に対して黙秘を続けていると、周囲の「証言」や報道だけから「総合的」に病名がつけられ強制入院させられてしまう事態を連想してしまう。

 治療方針についても、ずいぶんとあやふやなところがある。一方では、病人はすべて病院に入院させて薬で治すのが最善であるといった偏狭な「医療信仰」があるように思えるし、転地療養先の環境も十分に確認せずに治療効果(もしくは療養効果)を説くというのもおかしな話である。

 内部対立が見え隠れしている相撲協会も、けっきょくは「お医者様の言うことには従おう」ということで決着を図ろうとしているようだが、うーむ、いくら、医師免許による権限が与えられているからと言って、お医者様は絶対に正しいという信頼してしまってよいものだろうか。




 私個人の意見は、8月2日の日記に記した通りである。昨今の報道では、

●朝青龍がけがを理由に巡業の休場を申し出ていながら、モンゴルでサッカーをしていたシーンがTVで放映され処分を受けた

と表現されることが多いが、巡業休場は、朝青龍関本人の自己申告オンリーではなかったはず。ちゃんと、

●腰の疲労骨折と左ひじ靱帯損傷などで全治6週間

という診断書がついていたはずである。「仮病疑惑」などと言われるが、本当に「仮病」であるならば診断書は虚偽であったということになる。まず診断書の内容が正確であったかどうか、そのことから検証を始めるべきではないかなあ。

 仮に、「巡業などの激しい稽古には耐えられないが、サッカーでボールを蹴る程度の軽い運動であれば大丈夫」という状況であったとするなら、モンゴルでのサッカーは何ら「サボリ」ではなかったことになる。

 ちなみに、モンゴルでのサッカーは、朝青龍関の個人的な娯楽ではなかった。ネットで知り得た情報(未確認)によれば、あれは『日本モンゴル国交35周年記念チャリティー』であり、主催はモンゴルサッカー協会、ゲストとして中田英寿選手も招待されていた。朝青龍はモンゴル政府のスポーツ顧問を務めていて、政府から参加要請があったということである。

 従って、朝青龍関本人、および関係者が、ちゃんと手続を踏んで招待していれば、つまり、
  • 「巡業中の猛稽古には耐えられないが、サッカーの親善試合で軽く運動する程度であれば大丈夫である」ということについて、ちゃんと診断書をとっておく。
  • その上で、事前に相撲協会に対して、巡業参加のかわりにモンゴルでの親善試合に参加したいと申し入れ許可をもらう。
というように対処しておけば何ら問題は起きなかったはずである。その手続を怠った点については自己責任という面も多々あるが、関係者各位ももう少し気配りしておくべきだったと思う。