じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] [今日の写真] 11/18は昼前から冷たい風が吹き荒れ、大学構内の銀杏の落葉が一気に進んだ。同じく落葉がさかんな楷の木(写真左)やアメリカフウ(写真右)と併せて、赤と黄色の配色が美しい時期を迎えた。





11月18日(月)

【ちょっと思ったこと】

グループホーム&学童保育

 11/19朝6時台のNHKニュースで、学童保育施設を併設したグループホームが紹介されていた。この種の取り組みがあることは以前から知っていたが、映像を視たのは今回が初めて。別の施設ではほとんど無表情だった痴呆のおばあさんが笑顔で子どもたちと遊ぶようになったり、入所者の食事の準備も手伝うようになったことなど、その効果はまさに百聞は一見にしかずという感じだった。特に、家に帰る子どもたちを手を振りながら見送る場面が微笑ましかった。

 集団ゲームや楽器演奏などいろいろなセラピーを導入している介護施設は多いが、お年寄りだけで幼稚園型のお遊戯をするというのはやはり不自然。子どもたちと一緒に遊んでこそ、充実したひとときとなるはずだ。いっぽう、子どもたちにとっても、世代間の交流は貴重な体験になるだろう。

 少子化が進めば、兄弟同士で遊ぶ機会が無くなる。またその一方で、就業人口が減るために、共稼ぎをしながら子育てをする家庭も増える。それらを総合的に考慮すると、「グループホーム&学童保育」は、異なる世代が一定の時間と空間を共有する機会として大きな意義があると思う。現実には、健康管理、事故防止など、介護スタッフの計り知れないご苦労があると察するが、取り組みの輪が広がることを期待したい。





しし座流星群、けっきょく目撃できず

 19日朝も5時半すぎから散歩を開始したが、8割がた雲に覆われ、雲の切れ目から木星やシリウスが顔を出す程度だった。ときおり空を見上げたが、流星は1個も目撃することができなかった。




大相撲、かえって面白いかも

 大相撲九州場所は、横綱の貴乃花、武蔵丸、大関の魁皇に続いて千代大海が負傷休場。十両以上の休場力士は6名になったという。朝青龍の9連勝を除くと、武双山は3敗、角番の栃東は4敗とほぼ圏外。そんななか、2敗で何とか追っかけているのが、貴ノ浪と安芸乃島という古参力士である。若手力士の活躍も面白いが、私のような年代になると、むしろこういう古豪力士の大感激の優勝に期待がふくらむ。この2力士にはぜひ最後まで頑張ってもらいたいものだ。
【思ったこと】
_21118(月)[教育]戦後教育の終焉と日本型高等教育のゆくえ(最終回)まとめ

 11/16の日記の続き。11/8〜11/9に広島大学で行われた研究集会の感想を7回にわたり記してきたが、書き残した点を追記して、この連載を終えることにしたい。




評価(アセスメント)か適格認定(アクレディテーション)か

 学校教育法69条改正[11/13の日記参照]により、国立大ばかりでなく公立や私立大学に対しても認証評価が義務づけられる見通しであるという。これに関係して、大学に対する評価の流れは、評価(アセスメント、assessment)なのか適格認定(アクレディテーション、accreditation)という議論があった。

 このうち、「評価(アセスメント)」は大学に関して言えば、学生に対する成績評価、大学に対しては自己評価、外部評価、第三者評価といった機関評価、このほか学生による授業評価アンケート、教員の個人評価などを挙げることができる。この場合、成績評価やマークシート型のような数量評価のほか、記述式で問題点を指摘したり、秀でた部分を称賛することもある。

 いっぽうの適格認定(アクレディテーション)だが、私がこの言葉を聞いたのはオーストラリア・シドニーのAHNECA(Australian Nursing Homes and Extended Care Association-Federal)であった。そこでは介護施設の適格認定の仕組みが解説されたが、11/5の日記にも記したように、最近では、日本のグループホームに対しても同じような外部評価が義務づけられるようになったという。

 英語の辞書にもあるように、「accredit」には、「一定の基準を満たしていると認定する」という意味がある。つまり、認定を行うには、まず、「一定の基準」を明確にしておかなければならない。これが、あまりにも詳細にわたると、画一化を招くことになる。その一方、各大学が独自に中期計画や中期目標を定めることとなると多様性は保証されるが、何をもって適格と認定するのかがわかりにくくなる。特に「不適格」と認定する場合は何が根拠になるのか、このあたりはもう少し様子を見ないと何とも言えない。

 グループホームのようにこれからますます入所者の増加が見込まれる施設では、「適格」と認定されることは大きなプラスになるし、公的な補助も確保されるだろう。しかし、少子化が進み、定員割れが深刻となっている大学の場合には、「適格」だけで経営安定が保証されるわけではない。「適格」であろうが「不適格」であろうが、学生が来なければ閉校に追い込まれるのは必至だろう。

 となると、ディスカッションの中で原山優子氏(東北大・工学研究科)からも発言があったが、「認証評価」として求められているのは、むしろ、コンサルタント機能ではないかと思える。「不適格」の烙印を押すことよりも、それぞれの大学が伝統や地域性を活かしていかに存続・発展していくのか、建設的な記述評価を行うことだろう。その内容が情報公開されれば、最終的には、受験生の選択によって「適格認定」が行われるようになれば、質の保証は十分に達成されるのではないかと思う。




「アメリカではの神(出羽の守)」

 この言葉を知ったのは、今回の研究集会の最大の収穫であったとも言える。かつては鬼畜米英と呼び、沖縄戦や大空襲、さらに原爆投下で多数の同胞の命を奪われたにもかかわらず、戦後の日本は、57年たった今も相変わらず親米国家として存続し続けている。戦勝国が敗戦国に行った施策の中で、歴史的にこれほど成功した例は珍しいのではないかと思われる。

 もっとも、これまで「アメリカではの神」信仰によって無批判に導入されてきた数々の制度は、大部分が文化的要因を無視した形式だけのものに終わっており、本来の機能を発揮していないと言われる。例えばTAの制度にしても、現実には、予算を均等配分して授業補助に従事させるだけであって、TAになった院生に対する研修は全く行われていない。上に述べた「認証評価」もそうだが、今後は「アメリカではの神」に対抗する「ニホンではの神」の登場も待たれるところだ。どっちにしても形ばかりでなく内容に立ち入って機能や有効性に関する議論を深めることが不可欠である。

11/19追記]nmさんのご指摘により「ではの神」ではなく「出羽の守」であることが分かった。どうもありがとうございました。この言葉、私は全く知らなかったのだが、ネットで検索したところ、この語は結構ポピュラーに使われているらしく、こちらこちらなどに興味深い記事があった。