じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 1/20に御紹介したパフィオペディルムの花が大きく開いた。





1月26日(土)

【ちょっと思ったこと】

「目的」か「ついで」か?

 昼前、妻から電話。
  • あなた、きょうの昼はラーメン食べに行くでしょ。ついでに生協で○○と△△と××を買ってきてちょ。
  • 昼にラーメン食べるなんて勝手に決めるな。家に戻って、妻の家庭料理を食べるのだ。
  • 家には何にもないわ。あなた、どっかで食べてきて。で、ついでに買い物してきて。
  • ついでに行くつもりは無いが、どうしても必要なものなら、それだけを目的に買い物に行ってきてもいいぞ。
  • なんでもいいから、買ってきてね。
  • くどいようだが、わざわざ買い物に行ってくるんだからな。ついでではなく、買い物を目的に行ってくるんだから。その点を確認させてもらわないと困るぞ。
  • しつこいわね。なんでもいいから買ってきてね。
ということで、霰やみぞれの降る中、生協まで買い物に行ってきた。戻ってから
  • あれ、お昼はどうしたの?
  • あっ、ラーメン食べてきた。
  • なんだ、ついでに買い物はイヤだって言ったくせに、やっぱり食べてきたじゃないの。
  • いや、買い物に行ったついでにラーメンを食べてきただけだ。






ドメイン名、ほとんど無意味

 1/27の朝日新聞によれば、「.com」、「.net」、「.org」が末尾につくものの登録数が、昨年後半に減少に転じたことが分かったという。米ベリサイン社によると、99年には対前年で2倍以上、2000年には3倍以上に増加したものが、2001年9月末の3240万件をピークに減少に転じているという。転売で一攫千金を狙った人たちが、裁判で敗れる例が相次いでいることが一因と言われているが、しょせんドメイン名は電話番号か住所のようなものであって、私にはあまり意味がないように思われる。

 私個人の場合、Googleをツールバーに貼り付けていて、適当なキーワードを入れて検索しているが、これで外れることはまずない。urlを直接打ち込んでアクセスなどということは、ここ数カ月では一度もない。使う必要が無いのだから覚える必要もないし、TVのCMの中で紹介されたからといってメモすることもない。

 いずれ別の機会に書こうと思っているのだが、英語しか使えない国では、1文字違えば全く別の意味になってしまうため、企業名とドメイン名の類似性がかなり重大な問題になってくると思う。それに対して、日本語の場合は、漢字で表記された企業や団体名には強力な識別力があり、漢字検索さえできれば、urlの文字列などどうでもよいという面が強いと思う。漢字ドメインもほとんど無意味。必要なのは、個人名や団体名を偽ったニセモノサイトの摘発を徹底することだろう。




エンロン元副会長自殺

 エンロンの元副会長、J・クリフォード・バクスター氏(43)が、テキサス州ヒューストン郊外の自動車の中で死んでいるのが25日、見つかったという。頭部に短銃で撃たれた跡があり、車内で短銃が見つかり、遺書があったころから警察は自殺とみているとのことだが、そもそもキリスト教信者は滅多なことでは自殺しないこと、この方の死で追求を免れる関係者や政治家が多数いることを考えると、巧妙にしくまれた殺人事件であるような気がしてならない。シャーロックホームズやコロンボが実在していたらきっと解き明かしてくれたであろうに、残念。

【思ったこと】
_20126(土)[一般]「一度壊してしまったものはどうしようもない」と言うのが環境生物学者なのか?

 1/25の朝日新聞オピニオン欄の「ノリ不作 諌早水門開放せず解決を」という投稿記事を読んで驚いてしまった。この投稿者の御主張は、「諫早湾干拓地の水門開放を巡る国と沿岸漁業者の対立は、深まるばかりだ」として、水門を開けずに「不毛な対立を解消できる」という御提案を披露する内容のものだが、環境生物学者・某旧帝大名誉教授という専門家のお立場からの御発想がこの程度のものかと思うと情けなくなる。

 投稿者は「干潟の水質浄化作用を環境アセスメントで過小評価した結果」自体は「異論はない」としている。異論がないならば、常識的には、干潟の破壊をどうくい止め、最大限の復旧をはかるかということに議論が進むはずなのだが、実際には
  • だからと言って、一度壊してしまった環境を、多額の税金を使えば復元できるかのような提言はいただけない。
  • 堤防が完成してしまった以上は、運用を変えずに対立回避を模索すべきだろう。
として、環境アセスメントの失敗や行政の誤った判断の責任を棚上げして、もっぱら既成事実を受け入れた上で、対症療法に終始しようとしている。しかも、その対症療法なるものは、ノリの不作の一因が、「ノリの養殖業者が生産性向上や省力化を狙い、ノリ綱を海面に漬けたままの養殖方法に変えたこと」、それゆえに病害予防の必要から、ノリ綱を有機酸につけて殺菌する方法がとられるようになったことなどが「酸欠」状態を作りだしたとして、養殖方法の改善を提言し、いっぽう既成事実化しつつある干拓地に関しては
干拓地は、時代が要請する都市再生に合わせて建設残土などで埋め立てるなど周辺住民との共存を工夫する。そして淡水化した調整池では、水生植物を利用した環境修復が急がれる。
とすることが「水門を開けずに不毛な対立を解消できるのではなかろうか。」と結んでおられた。

 このような発言が、地元の利益を代表する政治家の口から出たのなら驚くにはあたらない。政治家のなかには「十年先、十五年先に議員バッジをつけている保証がない以上、次の選挙までの枠組みで考えればいいんだ」[2001年3月28日の日記参照]という程度の人物も珍しくないからである。

 しかるに、環境生物学という専門的立場の方が、干潟の浄化作用のことを「異論はない」程度に片づけ、「すでに多額の税金を使って工事を始めた以上、それを中止することはムダになる」という政治家の論理で水門開放に反対されているのは、いただけない。98年4月14日の日記でも引用したように、「諫早湾干潟の浄化能力は3000億円の下水道設備を建設したのに相当する」とも言われている。今後の下水道施設整備やそのランニングコストなど、何世代もあとのことを考えながら論じるべきだ。いや、お金だけの問題ではない。いのちや地球に関する問題なのである。議員バッジなしに、専門的立場からそういう主張ができるのは、環境生物学者以外にはありえないはずなのに...。

 それにしても、よくもまあ「干拓地は、時代が要請する都市再生に合わせて建設残土などで埋め立てるなど周辺住民との共存を工夫する。」などと言えたものだ。そんなものは自然との共生でも何でもない。もはや時代は、建設残土の埋め立てなんぞは要請していない。

 それからこの点も考えていただきたいのだが、干潟の干拓といった地球規模の問題は、地元の利害関係者の合意だけで遂行されるような問題では決してない。漁業関係者が合意しているからとか、長崎県民が賛成しているからというだけで、片づく問題ではない。今回の問題も、ノリ不作さえ解決すればよいということではない。ノリ不作は、干潟を破壊したために生じた環境悪化のごく一事例にすぎない。ノリ網の消毒剤を規制する御提言自体に異論はないけれども、ノリ不作さえ解決すれば、海水浄化や野鳥・ムツゴロウなどの生態系がどうなってもよいというものではなかろう。水門開放の是非も、利害関係の解消のためではなく、有明海全体の環境評価という側面から検討されなければならない。

 投稿者は冒頭で「私は、ノリ不作の原因を諌早湾の堤防の閉鎖と短絡的に結びつけてよいものか、専門家の立場で検討してきた。」と言っておられるが、干潟の浄化作用という本質的な問題を、沿岸漁業者の利害問題、ノリ不作問題だけにすり替えて、目先の対症療法だけを提言することのほうがよっぽど「短絡的」な発想ではなかろうか。