じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] アーティチョークの花がやっと開き始めた。6/13の日記で、花の形が全然違うようだと書いたが、じつは、あの時はまだ蕾。いま開き始めたのが本物の花ということになるようだ。大きさ比較のため、横に腕時計を置いてみた。



6月27日(水)

【思ったこと】
_10627(水)[心理]オーストラリア研修(その3)「気晴らし」の療法

 今回の研修の中心的な目的の1つは、アデレードで「ダイバージョナルセラピー(Diversional Therapy、以下『DT』と略す)」のレクチャーを受け、その現場を視察・体験することにあった。

 DTというのは日本では聞き慣れないセラピーの一種であるが、今回のレクチャーで配布された資料では、
WHAT IS DIVERSIONAL THERAPY?
Diversional Therapy involves the study of health and leisure, and has an important role in the provision of leisure and recreation services to older people - particularly those in Aged Care facilities.

WHAT IS A DIVERSIONAL THERAPIST?

Diversional Therapist's provide leisure and recreational services to people whose ability to participate in such activities has been impaired by physical, emotional, cognitive, developmental, social and environmental challenges.
というように紹介されていた。

 芹沢隆子氏は、『 OTジャーナル』の「海外に学ぶ 3.オーストラリアの痴呆症ケア」(2000年, 34, 603-606.)の中でこのDTを次のように紹介している。
......【略】.....「ディバーショナル・セラピー(以下,DT)」.diversionは「気分転換・気晴らし」などの意味を持ち,「気晴らし療法士」と訳されている.彼らの活動は痴呆症にとっても非常に興味深い.

 1976年に作業療法の勉強をしていた人々によってDT協会が創設され,その後1980年代初頭にかけて,国公立の病院のリハビリテーションやナーシングホームでの実践により認知,確立されてきた.大学に3年の養成コースがあり,連邦政府・各州政府による認定された専門職である.

 DTは作業療法の"精神的ケア"の部分を特化させたもので,趣味創作や音楽,ゲーム,工作などを通して文字通り"気晴らし"を図り,精神のうつ状態を防ぎ,積極的に自己開発やQOLの向上に向かわせるよう働きかけるのが目的だ.
 ちなみに、芹沢氏はこの時点で「diversional」に「ディバーショナル」という発音を充てておられたが、その後ご自身でも「ダイバージョナル」というように変更されたようだ。実際、オーストラリア英語(6/24の日記に従えば「英語」ではなく「愛語」)では、「ダイ」と発音するほうがポピュラーなようだ。

[写真]  ところで、このセラピーはなぜ「diversional」あるいは日本語の「気晴らし」と呼ばれるようになったのだろうか。アデレードにある州立高等教育機関TAFE(日本の短大や専修学校レベルに相当する教育機関)で、DT協会の代表の女性に直接このことを尋ねてみたところ、オーストラリアの中でも「diversionalという呼称をハイト(hate)している人々も居ます。必ずしも呼称にはこだわらない。」というお答えだった。実際、このTAFEの履修コースは「diversional」ではなく、「リクリエーション&レジャー&健康」をテーマにしていた。

 「diversional」の訳語である「気晴らし」も誤解を招く恐れがある。岩波国語辞典によれば、気晴らしとは「ふさいでいる気分を直そうと、心を他のものに向けること。気散じ。」というように説明されているが、上掲の芹沢氏の記事で、
【DTは】「その人が何をしたいと望んでいるか」が基本で,あくまでも利用者の意思を尊重し,利用者自身がプログラムを選択することで,自信につなげるのだという.ある痴呆専用デイサービスセンターではDTのリードでボーリングゲームが行われ,別の部屋ではクラシック音楽,別の部屋ではポピュラーソング…と,全員で同じことを一斉にするということはなく,1人の大人として個人の好みと選ぶ権利がDTによって守られ,多様なプログラムが提供される.

 西シドニー大学でDTの育成にあたっているスクロピータ氏は「高齢者がその時点でできるかぎり自立し,人生のバランスを保つために,また在宅の痴呆症高齢者が自立して暮らすため,そして家族の癒しにとっても,DTは大きな役割を果たすでしょう」と語っている.
と特徴づけられていることからも分かるように、単なる気分転換ではなく、自信や自立を念頭においた、より質の高い「diversion」を目ざしているものと思われる。



 ここから先はあくまで私の個人的な判断になるが、作業療法からDTが特化してきた背景には、オーストラリアの高齢者福祉施設の運営事情や教育制度も絡んでいるように思った。日本国内で当初は専門学校や短大として出発した作業療法の教育機関が4年制に移行していることから分かるように、元来、作業療法士というのは4年制あるいは大学院修了までを必要とするハイレベルの教育を必要とする資格であるようだ。しかし、資格がハイレベルになるということはそれだけ人材確保が難しくなり人件費も高額になる。NPOなどが運営するすべての施設がOTを常勤として雇用することは現実には難しい。かといって、ボランティアや無資格の非常勤職員が、個人的な体験や趣味だけに基づいて「気晴らし」に携わることにも問題がある。そこで、例えば短大レベルの教育機関で、「リクレーションとは何か」について体系的な教育を行い、一定の履修要件をクリアした者を各施設に常勤として雇用することのほうが、入所者にとっても施設の経営にとってもプラスになる。おそらく、このような背景から、DTの特化が進んできたのではないだろうか。次回に続く。