じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 農学部農場の梅。2/10の日記で紹介した梅に比べるとポピュラーな品種。



2月15日(木)

【思ったこと】
_10215(木)[心理]今年の卒論・修論から(9)コンピューターを介したコミュニケーション(3)会ったことの無い人とのEメイルのやりとりがもたらす印象形成

 2/14の日記の続き。今回の卒論では、もう一篇、CMC(Computer-Mediated Communication)上での印象の変化及びそれに影響を与える要因について実験的に検討した研究があった。原文では、「CMC上での.....」となっているが実際に検討されたのはEメイル交換であった。

 執筆者によれば、CMCについては、否定的側面を強調する立場と肯定的側面を強調する立場があるという。それぞれの論点は次のように要約できる。
  • 否定的立場:CMCは、相手や「集団」を意識させにくくさせ、規範の影響力を低下させ「脱個人化」を引き起こす。これにより、人を怒らせたり、イライラさせたり、あるいはからかい、侮辱するようなメッセージ、そしてそのとめどないやり取りといった、「抑制の効かない」メッセージのやり取り(=「フレーミング」)が引き起こされる。
  • 肯定的立場:「新たなコミュニティ」の成立。ネット上では、表情や声の調子などの"対人的手がかり"は伝達されにくいものの、相手の属性や地位といった社会的なアイデンティティに関する手がかりは十分に伝達される。この手がかりはコミュニケーションの文脈を提供し、その場にふさわしい規範を心理的に活性化させる。
 これらの視点をふまえた上で、16名の大学生(男性8名、女性8名)の被験者から互いに面識のない同性ペア8組を作り、うち4組はメイルの交信前に対面(交信前対面群)、残りの4組はメイルの交信後に対面(交信後対面群)させ、対面の有無とメイル交換による印象の変化について分析が行われた。この種の実験、昨年の卒論でも行われたことがあるが、今回の場合は、同性のペアにおける一対一のメイル交換とし、期間を1ヶ月間とした点で新しさがあった。

 その結果、
  • 交信前対面群では、メイル交換によっても印象に大きな変化はない。
  • 交信後対面群では、メイル上で形成された印象は、対面することによって大きく変化することがあり、相手が同性の場合であれぱ好印象に変化することが多かった。
  • 匿名性に満ちたCMCにおいては、メイルの内容や表現スタイルによる印象形成が重要。
  • CMCにおける匿名性という特徴は、自己の隠れた部分を引き出す効果がある
というような結論が引き出された。

 この研究は、予備調査、実験の遂行からと結果の解釈に至るまでの流れがきっちりとしており、卒論研究としては十分な水準にあるかと思った。しかし、昨年同時期に私が指摘したいくつかの問題点(2000年2月19日の日記およびその翌日の2000年2月20日の日記)は基本的に克服されていない。「一対一のメイル交換とし、期間を1ヶ月間とした点」にどれだけのオリジナリティがあるのか、単なる焼き直しに過ぎないのではないかという不満が残る。具体的には以下のような問題点を挙げることができる。
  • まず、実験状況がきわめて人工的であり日常生活におけるメイル交換とは著しく異なっていた点。今回の場合は、Eメイルの交換にあたって、
    • 最低週3回はメイルを送る(上限なし)
    • 実験期間中は相手との対面を禁止
    • 実験について他人に口外しない
    • プライバシー厳守
    • 個人情報については本人と断定されるようなものはさける
    • 個人を中傷したメイルやチェーンメイル等は禁止
    といった「注意及び禁止事項」が設定されたということであるが、何の面識もなく何のニーズも無い同性の2人が週に3回以上無目的な「茶飲み話」程度の会話を交わすということは現実にはありえないように思う。行動分析的な見方をするならば、この実験では「メイルを送る」という手続は定めてあっても、「メイルを送ることが何によって強化されているのか」が明確にされていない。単に、実験者への義理だけでメイルを交わしているならば、先に挙げたCMCの否定的側面も肯定的側面もここでは当てはまらない恐れが出てくる。
  • 昨年も指摘したが、いまの時代、ネット上での交流は、Web日記やWeb掲示板、チャット、ポストペットなど多種多様。Eメイルだけで交信をするという状況設定は不自然。
  • メイルの交信内容が実験者によって「検閲」されるという状況のもとで、どこまで匿名性の効果が表れたか疑問が残る。いずれにせよ、匿名性の効果を検討するためには、同一被験者において、匿名条件と実名条件を比較する実験が必要であろう。


 さて、ここからは一般的な話題となるが、この種の実験で注意しなければならないのは、
Eメイルを実験に使ったからといって、Eメイルのことを調べたとは直ちには言えない。
という点だ。

 分かりやすく説明するために別の例を挙げるならば、
ある温泉が健康によいかどうかを調べるために、福祉施設で生活している高齢者20人を2群に分け、実験群は毎日マイクロバスで温泉まで送迎、対照群はそのまま施設内にとどまる。
という群間比較を行ったとしよう。この場合、実験群のほうで健康状態に改善が見られたとしても、直ちに温泉そのものが有効であったとは言い難い。道中の景色やマイクロバス内での交流が効果をもたらしたとも考えられるからである。

 要するに、ひとくちに「CMC(Computer-Mediated Communication)上での印象の変化及びそれに影響を与える要因」と言っても、CMCのどの特性(要因)が効果を及ぼしていたのかが同定できなければ、分析としては不十分であるという点だ。例えば、メモ用紙に書かれたメッセージを交換した場合でもCMC実験と同じ効果が生じるとするならば、CMCを検討したことにはならないのだ。2/12の日記で指摘した「CMCはその内容自体が時代とともに変わる」という点を考え合わせるならば、群間比較の実験的方法で明らかにできる点はかなり制限されてくるように思う。となれば、必ずしも実験的方法にこだわることは無い。Eメイル交換あるいはCMCに参加する行動がどう強化されていったのか、それが日常生活の種々の行動にどういう影響を与えていったのかを、個々のケースについてシステマティックに観察していく方法のほうがむしろ得るところが大きいのではないかと思う。

 余談だが、Eメイルと言えば、Web日記書きがしばしば設置している「空メイルボタン」などはなかなか面白い研究対象だと思う。来年度あたり、これをテーマにした卒論研究が出てくることに期待したい。
【ちょっと思ったこと】

インフルエンザ激減

 厚生労働省のまとめによると、昨年10月末から2月上旬までにインフルエンザ様の症状で学校(中学まで)を休んだ子どもは4271年で、昨年同期の1/45。原因としては、
  • 今年は、1997-1998年と同様のウィルス株が検出されているが、この株に対しては抵抗力をもっている人が多い。
  • 年明けからは降雪などに伴う湿気の多い日が続いている。
が挙げられているという。ちなみに、この日記の過去ログを調べたところ、私自身がインフルエンザにかかったのは、最近では99年の1月23日。その後26日頃まで病床日記が続いていた。となると、今年のウィルス株に関しては私は免疫がないということになる。まだまだ油断は禁物だ。