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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 2026年の初日の出。私の住んでいる所からは、山の端ではなく稜線の高木の隙間から太陽の一部が顔を出す日の出となっている。

2026年1月1日(木)


【小さな話題】『始まりを神聖化し、終わりを静かに片づける文化』と『終わりを盛大に送り、始まりを理性的に迎える文化』?/『紅白歌合戦』の位置づけ

 12月31日の楽天版に2025年最後の日の入りの写真を掲載した。年の初めの日出は『初日の出』と呼ぶのに対して、その年の終わりの最後の日の入りについては特別な呼び方は存在せず、またそのような日の入りを見物に行くという習慣も聞いたことがない。なぜ「初日の出」と対になる語が定着しなかったのか、ChatGPTに尋ねたところ、以下のような回答をいただいた。

文化的背景が大きいと考えられます。
日本では**「始まり(瑞兆)」を重視する年中行事**が強く、新年最初の出来事(初日の出・初詣・初夢など)に特別な意味が与えられた。
一方、終わりを祝う・名付ける習慣は弱く、大晦日は「締めくくり」や「準備」に重きが置かれた。

そのため、
「最後の夕日」を特別に名付けて拝むという文化が広く定着しなかったと考えられます。

 もっとも、

●「始まりを重視するいっぽう終わりを祝う習慣は無かった」から「最後の日の入り」を拝まなかった

という説明はトートロジーになっているように思われる。

●「最後の日の入りを拝む習慣が無い」のは「終わりを祝う習慣が無い」という一例である。

と言っているのと変わりなく、何かを説明しているわけではない。

 以上についてはとりあえず置いておいて、外国では「終わりを祝う習慣」はあるのだろうか? この点についてもChatGPTに尋ねたところ、以下のような説明をいただいた。




結論を先に述べると、 **世界的にも「始まりを重視する」傾向は非常に強く、むしろ日本はその傾向が特に体系化・儀礼化された文化**です。
一方で、**地域や宗教によっては「終わり(完了・締め)」を積極的に祝う文化も確かに存在します**。
したがって、二者択一ではなく、**重心の置き方が異なる**と理解するのが適切です。
以下、整理して説明します。

  1. 「始まり」を重視するのは世界的に共通

    多くの文化圏で、新しい周期の開始は「吉兆」「再生」「更新」と結び付けられます。

    ### 代表例
    • **西洋**
      * New Year’s Day(元日)
      * New Year’s resolution(新年の抱負)
      * “A fresh start”“New beginnings”
    • **中国文化圏**
      * 春節(旧正月)
      * 年初一(最初の日)が最重要
    • **イスラム圏**
      * ヒジュラ暦の新年
    • * **インド文化圏**
      * ディーワーリー(新しい年・新しい光)

    これらに共通するのは、

    * 新しい年=**運命を更新できる節目**
    * 「最初」に行う行為が、その年全体を規定する

    という発想です。
    この意味では、**「初日の出」に類する発想自体は日本固有ではありません**。

  2. ただし「終わりを祝う」文化も存在する
    日本と対照的なのは、**終わりを独立した祝祭として明確に位置付ける文化**です。

    ### 典型例:西洋の年越し
    * **New Year’s Eve(大晦日)**が最大の祝宴

    * カウントダウン
    * 花火
    * パーティー
    * 元日そのものは比較的静か

    これは、

    * 「終わり=達成・完了・解放」
    * 過ぎ去る時間を**騒ぎや祝宴で送り出す**

    という価値観が背景にあります。
    日本のように「年神を迎える準備」を中心にするのとは対照的です。

  3. 日本の特徴:始まり偏重+終わりは清算

    日本文化の特徴は、単に「始まり重視」ではなく、

    * 始まり → **神聖・吉兆**
    * 終わり → **清算・区切り・静かな処理**

    という役割分担が明確な点です。

    ### 日本の大晦日

    * 大掃除(穢れを落とす)
    * 年越しそば(細く長く、厄切り)
    * 除夜の鐘(煩悩を払う)

    ここでは、

    * 終わりを祝うのではなく
    * **終わりを整えて、次に備える**

    という発想が支配的です。

  4. 宗教観の違いも影響

    ### 一神教文化(キリスト教など)

    * 人生や歴史は直線的
    * 完了・達成・終末にも意味がある
    → 「終わりを祝う」ことに心理的抵抗が少ない

    ### 日本(神道+仏教)

    * 循環的時間観
    * 穢れと清めの反復
    → 終わりは「祝う対象」ではなく「処理すべき段階」
  5. 総合的な整理

    * **始まりを重視するのは世界共通**
    * ただし
    * 日本:始まり=祝祭、終わり=清めと準備
    * 西洋など:終わり=祝宴、始まり=再出発
    * 日本は特に「最初の行為」に意味を集中させる文化
  6. ### 一言でまとめると

    > 世界共通で「始まり」は重要だが、
    > **日本は「始まりを神聖化し、終わりを静かに片づける文化」**
    > **西洋は「終わりを盛大に送り、始まりを理性的に迎える文化」

    この違いが、「初日の出」はあっても「最後の夕日」に固有名がない、という現象につながっています。






 以上のAI的解釈からいうと、大晦日の紅白歌合戦は「終わりを静かに片づける文化」と相容れないように思える。このことについてさらに尋ねたところ、以下のような回答をいただいた。




ご指摘はもっともで、**紅白歌合戦は「終わりを静かに片づける」という説明だけでは捉えきれない存在**です。
ただし、紅白はその文化観と真正面から矛盾しているというより、**日本的な「終わりの扱い方の例外的・近代的形態」**と理解すると位置づけが明確になります。

以下、整理します。
  1. 紅白歌合戦は「祝宴」ではなく「儀礼化された鑑賞行事」

    まず重要なのは、紅白が西洋型の年越しパーティーと性格を異にする点です。
    • 家庭内で**座って視聴する**
    • 騒ぐ・踊る・参加する行事ではない
    • 年越しの瞬間に直接結び付かない(23時45分頃終了)


    つまり紅白は、
    • **能動的に祝う行事**ではなく
    • **年末を見届けるための「観覧儀礼」**

    に近い性格を持っています。
  2. 紅白の本質は「総決算」と「回顧」
    紅白の構造自体が「終わりを祝う」よりも、
    • その年に流行した歌の**総覧**
    • 歌手人生・音楽史の**節目の確認**
    • 「今年はこんな一年だった」という**回顧**

    に重心があります。

    これは、
    • 勝敗をつける(紅白)
    • 年を代表する歌を並べる
    という形で、**一年を整理・棚卸しする行為**です。

  3. なぜ「派手」に見えるのか
    紅白が華やかに見える理由は、
    • テレビというメディアの特性
    • 戦後の大衆娯楽文化
    • 家庭の中での「ハレ」の演出

    によるものです。

    しかしこの「ハレ」は、
    • 外に出て騒ぐハレではなく
    • 家の中で完結する**管理されたハレ**
    であり、神道的・民俗的には、

    > 年神を迎える前に、家の中を整え、心を切り替えるための演出

    と解釈できます。

  4. 紅白が成立した歴史的背景
    紅白歌合戦は1951年に始まりました。
    • 戦後復興期の国民的娯楽
    • 「一年を締めくくる公式番組」
    • NHKによる**国民統合的イベント**

    つまり紅白は、
    • 伝統行事ではなく
    • **近代国家・マスメディアが作った年末儀礼**

    です。

    この点で、

    * 除夜の鐘や年越しそばとは系譜が異なります。
  5. 紅白は「終わりを騒いで祝う」行事か?
    結論としては、

    * 終わりを**騒いで祝う** → ×
    * 終わりを**皆で確認し、区切りをつける** → ○

    紅白は、
    • 「終わったことを寿ぐ」より
    • 「終わったことを可視化する」

    行為に近いのです。

  6. 位置づけを一言で
    紅白歌合戦は、

    > 日本の「終わりを静かに片づける文化」を壊すものではなく、
    > **それをテレビ時代に翻訳した、華やかな総決算装置**

    と言えます。

ですから、直感的な違和感は自然ですが、
文化史的には**矛盾というより補完関係**にあります。




 なるほどというか屁理屈というか、AIの解釈はなかなかしっかりしたものになっている。

 なお上記で「除夜の鐘や年越しそばとは系譜が異なります。」とあったが、12月28日の日記で取り上げたように、除夜の鐘が広まったのはNHKのラジオ放送がきっかけであるという。また2023年1月9日の日記で取り上げたように、正月三が日に【遠くまで】初詣に出かける習慣は京急電鉄に宣伝戦略が効を奏したためと言われており、『紅白』と同様、マスメディアによって作られた一大イベントという性格が強いように思われる。