じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 8月22日8月25日の日記でスマホ決済20%還元イベントに伴う買い出しの話題を取り上げたところであるが、その後、順調に買い出しが進み、各2万円の還元枠に対して、PayPayは19833円(残り167円)、d払いは19496円(残り504円)まで購入を完了した。最終日の8月31日は、近くのドラグストアで残りの枠を使い切る予定。
 このことで思ったが、私の場合、「合計4万円の範囲で欲しいものを買ってください」と言われた時に買いたいモノ(←というか当面必要だと思われるモノ)というのはほぼ100%、食品スーパーとホームセンターだけで調達できることがあった。関係業者さんには申し訳ないが、デパートや衣料品専門店などにはそもそも行こうともしなかった。
 なお、購入した作業ズボンは妻に裾上げしてもらったが、妻から「ズボンは私が選んで買うから、これからは変なズボンは買わないでください」と言われた。「あなたはもともとちんちくりんな体型なので、変なズボンを履くとますますちんちくりんに見えるから」というのがその理由であるという。これに対して私は「自分はすでにちんちくりんの最低レベルに達しているので、どんなズボンを履いてもこれ以上レベルが下がることはない」と答えた。もっとも妻から「変なズボンの裾上げはもうしません」と言われてしまったため、これ以上の購入は諦めた。
 あと今回の還元イベントでは白色の木綿のパンツ(ブリーフ)を合計17枚購入した。パンツ1枚につき20回の洗濯でも破れない耐用性があるとすれば、この先1年間は新たな購入は不要となるはず【じっさいはもっと耐用性があるとは思う】。


2023年8月31日(木)




【小さな話題】香川県にはなぜミニ富士が多いのか?(2)四国にも火山?、ミニ富士の補修作用

 昨日に続いて、8月14日にNHK-BSPで放送された、

ジオ・ジャパン 絶景100の旅 香川 讃岐富士

についてのメモと感想。

 さて、昨日の日記で、香川県のミニ富士は、ふもとの部分は花崗岩、山頂部分は安山岩で構成されているという話題を取り上げた。このことは富士山のような形をしていることとどう関係があるのだろうか?
 今回の番組の解説者、長谷川修一さん(香川大学)によれば、ミニ富士は、もともとあった花崗岩の分厚い地層を突き破りマグマが湧き上がり大地を覆い、それが冷え固まってできた安山岩から構成されている。その後風雨により浸食が進むが、風化しやすい花崗岩に比べて安山岩は硬くて浸食されにくいため、マグマの突出した部分だけが富士山型の三角の山として残ったとのことであった。

 ここで、番組の聞き手をつとめた登山ユーチューバーのかほさんから、「四国ってあまり火山のイメージがない」という指摘があった。じっさい、気象庁の活火山分布のマップでは四国には1つも火山が記されていない。長谷川さんによれば、讃岐のミニ富士は今の火山ではなくて大昔の火山。
  • 2500万年前、日本列島はまだ大陸と地続き。この時、南にあったフィリピン海プレートが断裂し、高温の海洋プレートが生まれた。その表面温度は1000℃以上に達した。
  • 1400万年前、高温の海洋プレートは大陸のプレートの下に沈み込む中で、讃岐平野のあたりに大量のマグマが噴出。あたりは火山の荒れ地になった。
  • マグマの通り道だったところは安山岩であるため浸食されにくくミニ富士の形で残った。

 ところでご本家の富士山ができたのはいまから1万年前、いっぽう讃岐のミニ富士の誕生は1400万年で、「年齢」に大きな差がある。ところが、上空からの地形を比較すると、ご本家の富士山のほうはたくさんの沢や谷があってシワシワになっているのに対して、飯野山にはシワシワが存在せず山裾もきれいな円形をたもっている。その理由は、ふもとの花崗岩が浸食されても山の上の安山岩が大地震の時などに転げ落ちることで補修剤の役割を果たしたためであると説明された。そうした補修は1400万年のうちに10万回以上も繰り返されてきたという。
 なおミニ富士の安山岩は地下から湧き上がって固まったものであるため、山頂部から地下まで鉛筆の芯のような構造になっている。そのため、頂上部の安山岩が風化して転げ落ちて標高が低くなっても、鉛筆を削った時と同じように常に頂上部に残る。つまり、安山岩の「芯」がミニ富士の形を支えているのであった。

 番組の終わりのあたりでは、標高292mの屋島が紹介された。屋島は見る方向によってはおむすび山のように見えるが、別の方向からは山頂部が真っ平らなテーブルマウンテンのように見える。その理由は、屋島では湧き上がった溶岩が湖などに流れ込んで固まったものであり、上述の「鉛筆の芯」のような地層ではなく、花崗岩の上に平べったい安山岩の層が乗っかったような地形になっているためであった。なので、いずれ浸食が進むと頂上部の安山岩も崩れ落ち、補修作用がないために何百万年後にはなくなってしまうと予想される。
 もう1つ訪れた坂出市にある『金山』(かなやま)にはおびただしい数のサヌカイト【『讃岐岩』が語源】が転がっていた。これもまた1400万年前にうまれた安山岩の一種であるがきわめて硬く、割った面が鋭利であるため、弥生時代には石包丁として使われていた。サヌカイトの棒は楽器としても活用されているという。




 ここからは私の感想・考察になるが、地質は全く異なるが、カザフスタン・マンギスタウのボクティ山や仮称『ユルタ山』などの特異な形も、山頂付近の硬い砂岩や粘板岩の地層と、その下の崩れやすい白亜の地層によってできあがったものと考えられる。

 なお、最近は毎週火曜日に登っている龍之口八幡宮や龍ノ口山も、安山岩の柱状節理のような露頭があるように思われる。これを機会に、山の成り立ちについても調べてみたいと思う。