じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 4月25日はよく晴れて、岡大時計台前の芝地ではタンポポの綿毛がいっぱい開いていた。26日〜27日は大雨の予想となっているため、濡れる前にどこまで飛んで行かれるかが繁殖の鍵になっている【あまり殖えてほしくないが】。

2022年4月26日(火)



【連載】abc予想証明をめぐる数奇な物語(7)望月博士の帰国後の活躍

 4月22日に続いて、

NHKスペシャル「数学者は宇宙をつなげるか?abc予想証明をめぐる数奇な物語【ブログ後編はこちら

についての感想と考察。59分バージョンをベースにして、4月15日の23時から放送された89分「完全版」を参照しながら感想を述べることにしたい。

 放送では、続いて、博士論文に取り組んだ望月青年が意外な行動に出たというエピソードが紹介された。
  • 指導教授のファルティングス博士は、ファルティングス博士自身が築き挙げた方法で「数の集まりを曲線と同じと見なす」ことの解決策を探るという課題を博士論文のテーマとして望月青年に与えたが、望月青年は、ファルティングス博士の方法には依らず、曲線上の有利点の問題をある空間のコンパクト化の問題へと変更するという独自の方向で問題を解いた。
  • 博士号取得後、望月博士は、引く手あまただった欧米の大学のポストには目もくれず、少年時代に数年間だけ過ごした日本に帰ることを選んだ。
  • 望月博士は当時のブログに、「目ざしたいと思う人物像」として「ノーと言える人間」と書いていた。
  • 望月博士の博士論文の最後に記されていた「将来挑戦したい難問のリスト」はいずれもabc予想の証明の重要なステップとなるものばかりだった。
 こうして望月博士は1992年から日本での生活を始めた。赴任先の京都大学数理解析研究所では、「グロタンディーク予想」を証明(1995-1996)したばかりでなく、他の難問も合わせて解決したという。ここで少々脇道に逸れて、ウィキペディアの関連項目を調べたところ、「遠アーベル的問題」とは次のように定式化されると記されていたが、何のことやらさっぱり分からない。
多様体 X の同型類についてのどのくらいの情報が、エタール基本群(etale fundamental group)の知識には含まれているのであろうか?
【英文】How much information about the isomorphism class of the variety X is contained in the knowledge of the etale fundamental group?
 上掲の意味は全く理解できないが、リンク先には、興味深い記述があった。
最近、望月はいわゆる単(mono-)遠アーベル幾何学を導入および発展させた。それは、数体または他のいくつかの体にわたる特定のクラスの双曲的曲線について、その代数的基本群(Algebraic fundamental group)(英語版)からその曲線を復元するものである。単遠アーベル幾何学の主要な結果は望月の「絶対遠アーベル幾何学」などにある。
【脚注】 単遠アーベル的復元は,“所望の手続きの存在を証明する”ことが目的なのではなく,“所望の手続きを与える”ことが目的である. 例えば, Corollary 1.10, は, その主張を述べるためにおよそ 3 ページが費やされ, しかし, 証明がたったの 2 行で終わってしまうという, 従来の数学では比較的珍しい構成になっている. このような状況が生じる背景には, この “主張の中にその手続きを書くべき” という考えがある. (絶対 Galois 群による数体の復元 星 裕一郎 (京都大学 数理解析研究所) 2014年5月 p.4)


 元の話題に戻るが、京大では2000年頃から、「あの天才望月が難問中の難問【abc予想】へのチャレンジを始めたらしい」という噂が飛び交うようになった。望月博士の帰国後に親交を結ぶことになった加藤文元博士(東京工業大学)は、その頃の経緯を次のように語っておられた。
  • 望月博士は、いわゆる普通の数学でない、全く新しい数学を作ろうとしているっていうようなことは噂で聞いていたが噂では聞いていた。
  • 京大の北部食堂のあたりでばったり出会って、定期的に二人だけでセミナーをしませんかという話になった。
  • セミナーは週1回、5年間にわたって続いた。
  • 望月博士は楕円曲線のホッジ・アラケロフ理論を構築した頃に、それを使えばabc予想を解くことができるだろうという感覚を持たれていたが、徹底的に考えた結果、無理であろうという結論に達した。そこから新しい数学を作らなければいけないと感じた。

 すでに紹介されているように、abc予想【簡易版】:

a+b/rad(a+b)<rad(a×b

というように、不等号の左側には足し算、右側にはかけ算が現れている。この数式を証明するためには、数学の世界に混じり合うように存在している足し算とかけ算を分離するという根源的な課題に切り込む必要がある。 加藤文元博士は 、このことについて、
足し算とかけ算の関係というのは、非常に複雑で難しいものなんですね。数の世界においては、足し算で作られるのも自然数であれば、かけ算で作られるのも自然数。足し算とかけ算の絡まりが分かち難く固く結びついちゃってる。abc予想は、なんらかの形で、それを分解して柔らかくしてくださいと我々に要求している。しかしそれはなにしを非常に固い関係ですから、普通の数学でそれを解きほぐすっていうことは、ちょっと無理そうな感じがするわけです。
と語っておられた。

 足し算とかけ算の違いについては2020年4月8日その翌日に素朴な感想を述べたことがある。人類が足し算やかけ算を発明したのは、おそらくリンク先に記したような有用性があったからに他ならない。しかし、数学でいう足し算とかけ算の違いはもう少し別のところにあるようだ。こちらに分かりやすい解説もあり、並行して学んでみたいと思う。

 次回に続く。