じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 11月24日の岡山は最低気温が0.4℃まで下がり、この冬一番の寒さとなった。写真は岡大西門西側花壇。ジニアや枯れ草の上に霜が降りていた。

2017年11月24日(金)


【思ったこと】
171124(金)五木寛之『孤独のすすめ』(14)ゆるやかな宗教意識

 11月23日の続き。


 第4章では「宗教というものは人間から始まる」という話題が取り上げられている。近代西洋文明は徹頭徹尾キリスト教文化の染み込んだ文明であり、アメリカでは、大統領就任式や裁判所に出廷した証人は、神に向かって宣誓するという。これに対して、日本はいっけん無宗教のように誤解されがちであるが、多神教的、アニミズム的な考え方は深く根付いている。とりわけ神仏混淆の感覚は大切であり、「人間が共存している草にも木にも仏性があるというアニミズム的な考え方の良い部分と、シンクレティズムの良い部分を磨き上げて、思想的に体系づける。そうしたことができる思想家が生まれると、日本は、二一世紀以後の、世界文明のひとつの在り方を提供できる国になる可能性がある」というように論じられていた。

 こうした考え方には特に異存はないが、シンクレティズムが受け入れられる社会というのは、ある意味では、宗教はほどほど、ふだんは無宗教的に生活し、必要な時だけ(結婚式や葬式など)宗教に頼る、という人たちが多数を占めている社会というように捉えることもできる。強い信仰を持てばどうしても排他的になりやすい。なお、2016年4月12日の日記でも言及したが、浄土真宗や日蓮宗は一神教的な特徴を持つという指摘もある。

 いずれにせよ、それが正しいとか間違っているといった議論は別として、五木さんの説く「ゆるやかな宗教意識」が社会全体として有用であることは確かであろう。もっとも、個人の死生観においても有用かどうかはさらに検討する必要がある。

 次回に続く。