じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 収穫間近の農学部・農場の田んぼ。写真下は電線に集まるスズメ。


10月6日(土)

【思ったこと】
_c1006(土)日本心理学会・第76回大会(18)高齢者の次世代に対する利他的行動(8)まとめ/好子消失阻止と世代性

 昨日の続き。

 小講演では最後に、高齢者が子育て支援に参加するといった「次世代に対する利他的行動」の背景に「次世代を導くことへの関心の向上」という高齢期特有の心理的発達があること、しかし、それだけでは子育て支援は継続せず、それにプラスして、若年者(母親など)の笑顔や「ありがとう」といった社会的相互作用の存在が不可欠であると結論された。また、今後、世代間相互作用についての実験的検討を行うこと、それにより、若年者のどのような反応が高齢者の世代性の発達や利他的行動の促進につながるのか、あるいは行為の相手が若者であることの意味などを明らかにしていくという展開の方向さ示された。

 すでに何度か述べたが、このご講演の中では、行動分析学の概念には一切言及されておらず。行動分析学でいう付加的強化や相互強化は、「フィードバック」、「相互作用」といった言葉で語られていた。私の立場から言えば、せっかくこういう取り組みを行っておられるにも関わらず、行動分析学の知見が取り入れられていないのはまことに残念であった。

 なお、行動分析学のほうでも、目的論的行動主義で知られるRachlinが、利他的行動に関する論文をいくつか発表している。その大部分は、PubMedから無料で閲覧可能になっているので参照されたい。
 最後に私個人の考えを述べさせていただく。まず、小講演の中で強調された「若年者(母親など)の笑顔や「ありがとう」といった社会的相互作用」なるものは、操作的には付加的な好子出現随伴性として扱うべきであると思う。よって、講演者が提起した「若年者のどのような反応が高齢者の世代性の発達や利他的行動の促進につながるのか」という課題は、若者側から当該の高齢者に対して、どのような質の付加的好子をどれだけの頻度で提示すればよいのかという問題に置き換えることができる。そしてあとは、強化の有効性を検証するための実験的行動分析の手法に乗せられるだろう。

 しかしそのさいに留意しなければならないのは、好子の質や、誰がどういう文脈でそれを随伴させるのかという問題である。ひとくちに付加的好子といっても、金銭的報酬と「感謝の言葉」では質的に異なっている。行動分析ではそれらすべてを「reinforcer」と呼んでしまうが、金銭的報酬だけで強化されている行動は、もっと多くの報酬が得られる別の行動があればすぐに乗り換えられてしまうし、報酬を打ち切られたとたんに消去されてしまう。いっぽう、コミュニティの中で繋がりをもつ人々からの「感謝の言葉」は、たとえ無報酬であっても、ボランティア的な行動を強化し継続させる力を持ちやすい。

 ではなぜ、そういう違いが生じるのか? 9月28日の日記などに書いたように、個人が生きている間に享受した 楽しみ、自身の向上、努力、能力などなどは、自分の死によってすべて消失する。その虚しさを逃れるための1つの方策として、家族や世間のために何かを残すという行動をとることは十分にありうるのではないか(=好子消失阻止の随伴性)、というのが私の考えである。但し、その範囲では、世代性の発達というような考えは全く含まれていない。例えば、エヴェレストに単独登頂するとか、陸上競技の世界記録を作るというような行動は、歴史に名前が残せるという点では好子消失阻止となるが、必ずしも世代性は考慮されていない。あってはならないことだが、凶悪犯罪で名を残すというのも同じことになるかもしれない。子育て支援を強化するとされる「感謝の言葉」がそれらと異なると主張するためには、単なる「自分の死による好子の消失を阻止する」という随伴性では説明できない証拠を見つける必要があるように思われた。

次回に続く。