じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 朝日を浴びる時計台。早朝の散歩時に撮影。すでに梅雨入りとなっているが、よく晴れた朝は清々しい。

6月11日(月)

【思ったこと】
_c0611(月)金星の太陽面通過と行動分析学(5)間接体験の直接体験化(1)

 6月9日の日記で直接体験とは何かということについて考えを述べた。この問題は、天体現象の観察ばかりでなく、人生全般における様々な体験についても広くあてはまるように思う。

 個人個人が1日、あるいは1年間に直接体験できることは、時間的にも、資金的にもきわめて限られている。結局は、自分にとって意義深いと思われる体験の機会を取捨選択し、それ以外については、テレビ、読書、講演、インターネットといった様々な手段を通じて間接体験、疑似体験を重ねていくほかはない。

 もっとも、直接体験と間接体験というのは完全に切り離されたものではない。直接体験が豊富であると、それによく似た場面・出来事等は、他者から間接的に伝えられただけでも、自分自身の直接体験のように感じられることがある。但しそれは、体験の種類、共感できる力、(文章であれば)読み取る力などにかかっている。

 私の場合は、若い頃からいろいろな場所を旅行する機会が多かったので、テレビの自然紀行番組などを視ると、一度も行ったことの無い場所でも、何となくその場に行ったような気分にひたることができる。反面、活字を通して、他者の気持ちを読み取ったり共感するというのは昔から苦手であり、そのこともあって、小説を読んで感動したことは殆ど無かった。

 そういえば、NHK 仕事学のすすめという番組で先月、姜尚中先生が、

人生哲学的仕事論 第3回「悩んだら本を読め」

と題して、読書の意義を説いておられた。姜尚中氏にとって読書は
  • 人の疑似体験を無限に広げてくれる
  • 自分が絶対出会えない過去の人や自分の知らない世界に出会える。
  • 過去に人間はどう生きてきたか?
  • どういう結果に誰がどう向かったのか?
という形で他者の間接体験を直接体験化していく重要な手段であるように思われた。残念ながら、私自身はそういう域には達していない。

 高齢になると、体力の衰え、体の障害などのために、自分が望めるような直接体験が次第に困難になる。これを避けることはできない。その際には、間接体験をどういう形で直接体験に近づけるかが大きな課題となる。考えられる方策としては、
  • 若い時からできるだけ多くの直接体験をしておくこと。これにより、高齢になってからの類似の間接体験を直接体験化することができるようになる。
  • 間接体験しかできない場合でも、それに接する際にできるだけ能動性を保つこと。いくつかの選択肢から選んだり、任意性た保たれているもとで、行動に対して適度の結果が伴うという強化の機会が保障されることが大切。


次回に続く