じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



12月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
§§
2011年版・岡山大学構内の紅葉(16)農学部農場の南側から眺める半田山と銀杏並木

 半田山を一望できる場所としては、建物の高層階の窓や屋上(2011年12月8日2008年11月26日の日記参照)のほか、農学部農場の南側の合同宿舎敷地がある。紅葉ばかりでなく、新緑の季節(2011年4月18日の日記参照)も美しい。

12月12日(月)

【思ったこと】
_b1212(月)日本質的心理学会第8回大会(17)内田樹氏の大会記念講演(1)

 今回からは、大会2日目の13時〜14時30分に行われた、内田樹氏による

現代日本の霊性と鎮魂〜受け継がれてきた癒やしの心〜

についてメモと感想を記していきたい。

 内田氏についてはウィキペディアによる紹介のほか、ご当人のブログも開設されている。私自身は、だいぶ以前から、ブログが更新された時に拝読できるよう、アンテナに登録させていただいているのだが、最近はあまり更新されていないようだ。もっとも、御定年退職後は御著書の執筆速度は加速度的に増加しているようでもあり、またツイッターにも時々書き込みをされている。

 なお、上掲のブログに関して、ウィキペディアの当該項目には、
「内田樹の研究室」というブログを運営している。著書の多くは、このブログのテキストを編集者がテーマ別に編集したものである。
『ためらいの倫理学』など初期の著作は、ブログに移行する前にサイト(1998年開設)に掲載された文章が収録されている。『ためらいの倫理学』は、編集者(冬弓舎の内浦亨)が内田のサイトのテキストを発見したことから刊行された(初版は1200部であった)。
ブログにはしばしば主張への批判や反論も書き込まれるが、本人からの反批判や再反論は近年ではほとんど行われない。これについて内田は「どちらが正しいかは読んだ人の判断に任せる」との立場を取っている。
著書の多くはブログの再編集により成り立っているため、類似のエピソードないしは同じ主張が複数の本に採録されている。本人はこの点について名人落語家の十八番(5代目古今亭志ん生の「火焔太鼓」)のようなものと主張している。特に映画「エイリアン」についてフェミニズム論、映画論などテーマを変えて何度も論じているが、これも火焔太鼓のようなものと述べている。
「書くことの目的が生計を立てるではなく、一人でも多くの人に自分の考えや感じ方を共有してもらうこと」との考えから、ネット上での公開物については「著作権放棄」の考えを示しており、剽窃での出版すら容認する発言をしているが、一方、講演については謝礼が必要(ノーギャラは仕事の価値を認めていない)としている。
 ま、私なんぞもずいぶん以前からWeb日記(但し、ブログではない)を執筆しているが、内田氏のブログに比べれば量質ともに格段に劣っており、とうてい、著作に活かせるようなものではない。他の人の参考になれば幸いという気持ちはあるが、しょせん、朝食後の30分間程度で遂行する習慣行為の1つであって、自分自身のための備忘録的な性格が強い。上掲の「一人でも多くの人に自分の考えや感じ方を共有してもらうこと」というような意気込みはこれっぽっちもないなあ。

 さて、肝心のご講演内容であるが、内田氏の講演というのは、いちおうテーマは決めてあるが、その場で思われたことを時折脱線しながら(というか、9割がた脱線しながら)進めていくというスタイルになっているという。確かに、聞き手にとっても、原稿棒読みや、いま流行のパワーポイントプレゼン方式よりもそのほうが分かりやすいという面もある。噺の中身がほぼ固定されている古典落語ではなく、漫談スタイルと言うべきか。

次回に続く。