じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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2011年版・岡山大学構内でお花見(59)背中を見せるヒマワリ

 7月8日の梅雨明けとともに、農学部の最大規模のヒマワリ畑がいちばんの見頃となっているが(7月4日の日記参照)、ヒマワリは、北東に向いて花をつける性質があるため、イチョウ並木からは横向きまたは後ろ向きの姿しか鑑賞できないという欠点がある。写真は、花壇の南西側から本部棟方面を見晴らしたところ。但し、ごくわずかだが、こちらを向いている花もある。


7月8日(金)

【思ったこと】
_b0708(金)2011年版・高齢者の心と行動(36) 人付き合いを好まないタイプの生き方(3)人付き合いを好まない人の言い分(1)

7月7日の続き。

 人付き合いを好む人たちからは、人付き合いを好まない人は協調性が無くて、偏屈で、親切に接しても感謝してもらえない、といった印象があるかもしれない。しかし、それらは、人付き合いは絶対善であるといった固定観念に由来するところもあり、当該者にもそれなりの言い分があるのではないかと思う。

 まず、7月7日にも述べたように、人付き合いを好まないことは必ずしも協調性の欠如や空気を読めないということにはならない。むしろ、他者との関わりを積極的に求める人の中にこそ、他者に干渉したり、集団への同調を要求したり、あるいは、周りの人から見ると「困ったちゃん」になっているケースが多いようにも思える。

 真の「おひとりさま」は、他者との関係を良好に保ちつつ、他者との接触や集団活動への参加を最小限にとどめて、自分の世界を追求する人でないかと思う。そういう人にとっては、他者との必要以上の接触は煩わしさをもたらすだけであるし、他者との関わりに時間を盗られる分、限られた余生の貴重な時間を奪われてしまうことになる。とはいえ高齢になれば、他者からの助けなしには生活できない状況にも置かれる。そういう場合、援助者は、当人の貴重な時間を奪わないように配慮しつつ、できる限り、当人が追い求めているライフワーク等を実現できるような機会を保証していくことが必要ではないかと思う。

 ではなぜ、人付き合いではダメなのか。1つは、日常場面での人付き合いというものは、不安定で刹那的で、累積的な成果をもたらさず、かつ将来に向けて展望を見いだすことができないためではないかと思う。それがもし、何かの目的を達成するための組織であったり、個々人に共通の目的を達成するために切磋琢磨することをめざす団体であれば、話は変わってくるとは思う。もっとも、多様な価値観をもった人たちが入居するような公的な施設では、具体的な目標を掲げることは難しいかもしれない。

 次回に続く。