じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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2011年版・岡山大学構内でお花見(51)今年のネジバナ・コレクション。
 大学構内各所に出現しているネジバナ(モジズリ)の花のコレクション。ネジバナは大学構内の芝地に多数生息しているが、芝刈りのタイミングによって、花が咲く前に刈り取られることがある。今年は、図書館南側の芝地と農学部イチョウ並木の根元にたくさん出現してたが、図書館前のほうはすでに刈り取れてしまっている。6月25日の楽天版にも関連写真あり。


6月25日(土)

【思ったこと】
_b0625(土)2011年版・高齢者の心と行動(25) 困難な状況をすべて先延ばしし、何もしないでゴロゴロするだけの退屈な生活を避ける方法(5)「形式上の阻止の随伴性」がもたらす弱化と、それを支える実質的な随伴性(2)

 6月24日の日記の続き。今回は「嫌子消失阻止の随伴性」がもたらす弱化について述べる。

 杉山ほか(1998)では、嫌子消失阻止の随伴性の事例として「歯医者嫌いの太郎」という事例が挙げられている。歯を削るドリルの音は嫌子が持続的に出現している状態である。そのさいに太郎が泣きわめくと治療を進めることができないので、ドリルの音はずっと継続する。いっぽう、泣きわめくのを止めれば、治療は完了し、ドリル音という嫌子は消失する。すなわち、泣きわめくという行動は、嫌子消失阻止の随伴性によって弱化されるというものであった。

 もっとも、この事態は、泣きわめく行動がドリル音継続という嫌子の持続で弱化されていた可能性は否定できない。例えば、どこかの独裁国家で、政治囚が2年間の重労働(嫌子)に服しているとする。おとなしくしていれば2年で釈放されるが、政府に反抗的であると、さらに重労働の期間が延長されるとする。もし反抗的行動が弱化されたとしたら、それは、嫌子消失阻止の随伴性によるものだろうか。そうではなくて、重労働期間延長という嫌子が直接的に反抗的行動を弱化したと考えたほうが合理的であるようにも見える。

 このほか、スキナー箱の仮想実験として、ラットのレバー押し行動が明るい光(←ラットにとっては嫌子)消失阻止の随伴性で弱化される可能性が挙げられている。そこではまず、ラットは、一定頻度でレバーを押すように強化されている。続いて、30秒ごとに10秒の割合で明るい光が照射されるようになる(残り20秒は消灯)。ラットがレバーを押していると、消灯が10秒遅れるようになる。もしレバー押し頻度が低下すれば、これは嫌子消失阻止の随伴性で弱化された証拠になるという議論であった。この仮想実験計画では、ラットがレバーを押す時にはすでに明るい光が点灯しているので、レバー押しの直後に明るい光という嫌子が出現(随伴)しているとは考えにくい。形式上は嫌子消失阻止の随伴性による弱化になりうると考えられる。

 しかしこの場合も上述の重労働期間延長の例と似ている。レバー押しという行動が、延長された部分の明るい光照射という嫌子によって弱化されている可能性は無いと言えるだろうか。

 かつて私自身が挙げた例としては、「虫にさされたところを掻くと、そこが化膿してかゆみが長引く」というのがあった。これはかなり説得力のあるケースであろうと思うが、「嫌子」に相当する「かゆみ」は、時間をかけてじわりじわりと消失していくものであり、相当程度、ルール支配行動によるものと考えたほうがよさそうである。かゆいところを掻いてしまう行動自体はもちろん嫌子消失による強化の随伴性で強化されやすい。余談だが、かゆいところを掻くという行動が生物学的にどのような適応的価値を持っているのかは私にはよく分からない。というか、痛みの場合は、痛みを消しても「楽になった」だけでポジティブな結果はもたらされないのに対して、かゆいところを掻くと「ああ、気持ちがいい」という好子出現のような結果が生じることがある。これも生物学的にどういう意味があるのかは私には分からない。

 次回につづく。