じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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秋分の日の満月はやや北寄り

 2010年は、秋分の日に満月が重なる(秋分は12時09分、満月は18時17分)という珍しい年にあたっていたが、このこと自体の天文学的意義はあまりないようだ。秋分の日の太陽は真東から上って真西に沈むが、満月のほうは必ずしも同じコースをたどるわけではない。今年の場合は、月は前日の19時44分に赤道を通過して北側に偏っていくため、いくぶん北寄りからの月の出、月入りとなった。(但し、22日の中秋の名月の際にはほぼ真東から上り真西に沈んだはず。)

 写真は24日早朝、満月が真西よりやや北寄りの方位に沈むところ。

9月23日(木)

【思ったこと】
_a0923(木)日本心理学会第74回大会(4)Embodied Psychologyに向けて(2)「初めに動きありき」、人間の5次元の構造

 日本心理学会第74回大会についての連載の4回目。

WS092 Embodied Psychologyに向けて 22日 9:30-11:30
というワークショップについての備忘録と感想の続きを記す。

 話題提供の中でYH先生はまず、「進化論の立場に立つ」、「『初めに言葉ありき』とは考えない、『初めに動きありき』だ」、「動く」という次元の独立性(独自性)」というお立場を強調された。昨日も述べたが、私個人にとっては、このお考えは至極当たり前で素直に賛同できる内容であった。しかし、認知発達の検証手段としてしか行動を考えない立場、あるいは、言葉のやりとりに過剰に依存するような一部の質的心理学の立場から見れば、このお立場はかなり挑戦的なものとして受け止められたに違いない。

 次に取り上げられたのが、古典的な、ネズミの回避条件づけの実験であった。シャトルボックスで回避条件づけの訓練を行っていくと、ネズミは、光を手がかりに確実に電気ショックを回避できるようになる。その際、1つの説明として、電気ショックを予告する光が提示された時に、ショックを予期することの不安が生じ、これが回避反応を誘発するという説明が提唱されたことがあった。指定討論者のHO氏が指摘されたように、行動分析学ではこれとは別の形で説明をしているが、それはさておき、YH氏によれば、この不安という「心」は、末梢の経験の結果から生まれたものである。要するに、脳(心)があって動きが生じるのではなくて、動きがあって脳(心)が生じるのであるという事例になる、というお考えであった。

 ここで少々脱線するが、私自身は、回避行動には、「恐ろしいコト・モノを避ける」と、形式的な回避行動(「嫌子出現阻止」や「好子消失阻止」の随伴性)という、少なくとも2つのタイプがあると考えている。前者は例えば、
  • 地震が発生した時、大急ぎで机の下に待避するような場合
  • 強盗にナイフを「金を出せ」とナイフを突きつけられた場合
などであり、この場合、形式的には大きな嫌子(上述では、地震で下敷きになる、ナイフで刺される)を避けるための回避行動であるが、実質的には現前にそれを予告する嫌子(恐ろしいモノ・コト)が存在していて、そこからの逃避という性格が強い。

 これに対して、例えば、道幅の狭い道路を運転中に対向車を避けるというのは、必ずしも、ぶつかった時の痛みや恐怖が無くても維持される行動である。超初心者を除けば、車を運転中、いちいち、対向車に恐怖を感じることはない。それらは単なる弁別刺激であり、対向車とぶつからないようにハンドルを切ることで、安全に目的地に到達することでポジティブに強化されているのである。交通事故の悲惨さを訴えることは、確立操作の1つとしては有効かもしれないが、ゼッタイに必要というわけでもない。




 YH先生は続いて、「人間の5次元の構造」というお話をされた。5次元とはすなわち、「心」、「身」、「霊」、「気」、「体」であり、自然環境側(身体の次元)では、「体」→「身」→「気」、社会環境側(精神の次元)では、「霊」→「心」→「気」というようにいずれも「気」に収斂するという関係になっているということであった。心理学会以外の場でこういう図だけを見せられたとすると、なんだか、街角の占い師の解説看板みたいに思ってしまうが、長年にわたり東洋的行法についてご研究をされたYH先生のお話となると、有難味が出てくるものである。

 好意的に解釈するならば、要素的な行動を分析するという自然科学的方法に終始するのではなくて、それらを合成、総合、統括、連携させて全人的な視点から人間全体を論じるという時には、「霊」や「気」という概念を構成主義的に取り入れることは決してムダではないと思う。私自身は無神論者ではあるが、東洋思想には関心があり、昨年春にもこういう研究会に参加させていただいたことがあった。


次回に続く。