じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



9月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
§§
ギネス認定の最長モノレール。

 今回の旅行では、ホテルと阪大・豊中キャンパスの間を毎日、モノレールで往復した。このモノレールは世界最長(総営業距離28.0km)であり、万博記念講演駅の構内に、ギネス認定の掲示があった。


9月22日(水)

【思ったこと】
_a0922(水)日本心理学会第74回大会(3)Embodied Psychologyに向けて(1)

 日本心理学会第74回大会についての連載の3回目。今回は、時間が前後するが、記憶が新しいうちに、第三日目の9時半から行われた、

WS092 Embodied Psychologyに向けて 22日 9:30-11:30
というワークショップについての備忘録と感想を先に記すことにする。なお、今年度より、学会年次大会等の発表者のお名前については、
  • 大会本部が企画した招待講演やシンポジウムについては実名を記させていただく。
  • ワークショップや小講演については、必要に応じてイニシアルのみとさせていただく。
  • ポスター発表等の個人発表については、一切コメントしない。
という方針をとることにしたい。よって、本日のケースではすべてイニシアル表記となる。

 さて、このワークショップは、私が学部学生の頃にすでに心理学界の重鎮として知られていたYH先生が、ご当人のお言葉をそのまま拝借すれば「亡霊のように現れ」、最近の御著書に基づいて、お考えを披露するという内容であった。話題提供はYH先生お一人であり、指定討論のほうは、行動分析学のホープとして知られるHO氏、進化心理学の領域で興味深い御研究を次々と発表されているKH氏、現代の日本の哲学者の中で私自身が最も注目しかつ尊敬しているTK氏、の3氏が登壇されるという豪華キャストであった。参加者は、開始時点で30名前後、途中入場者を含めると40〜50名となり、朝一番のセッションとしては大盛況であった。大半の参加者はYH先生のお話を拝聴するためにやってこられたと思うが、私自身はそれに加えて、哲学者のTK氏のナマのお話をぜひ一度拝聴したいということ、また機会があれば、TK氏がいっけん徹底的行動主義に近いお考えを述べておられるにもかかわらずなぜかスキナーの文献を引用されていないという理由についておたずねしてみたい、という別の目的もあった。




 企画者お二人の企画趣旨説明ではまず、「Embody(身体ならしめる、身体化する、具体化する)」という意味についての説明があった。「Embodied Psychology」という言葉自体は、マーク・ジョンソンなどの本に由来するということであり、心の計算モデルを基礎とする「認知主義」への疑問が背景にあるようだ。要するに、認知を記号表象の計算に過ぎないとする風潮に対して、認知は、世界との身体的な相互作用なしには生じ得ない、もっと身体に目を向けるべきだということらしい。

 なお、大会プログラムの中にも
心理学とは,文字通り「心」の学問であり,ともすれば,身体が忘れられがちである。しかし,身体を抜きにして「心」を語れるであろうか。本ワークショップでは,「心」を理解する上での,身体の第一義性を問う。換言するならば,身体化された心(embodied mind)の検討であり,Embodied Psychologyの追究である。
という説明が記されていた。

 さて、ここまでについての私の感想であるが、私自身のような徹底的行動主義のはしくれ(もしくは異端)の立場から言えば、動物は「形(身体)+行動」というセットで環境に適応しており、環境との関わりの中に行動の原因を求めるということは当たり前のことであった。なので、「心理学とは,文字通り「心」の学問であり,ともすれば,身体が忘れられがちである。しかし,身体を抜きにして「心」を語れるであろうか。」などと言われても、おいおい、それは認知主義にインプリンティングされた人たちだけにしかインパクトを与えないメッセージではないか、と思わざるを得ないところがある。

 もっとも、YH先生ご自身のアイデアは、今述べた「Embodied Psychology」の延長ではなく、独自にまとめられた『身体心理学』の発展であり、「Embodied Psychology」というよりは「Embodied Mind」に近いらしい。

 但し、YH先生の場合には、「身体化された心」というよりも、身体の中に「心」をいかに注入し、一体化していくのかというところで独自のアイデアをお持ちであるというような印象を受けた。


次回に続く。