じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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9月1日(水)

【思ったこと】
_a0901(水)[旅行]富士登山の最大の難所は下山路にあり
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 8月30日から31日にかけて、家族全員で富士山に登った。備忘録を兼ねて、登山記録とその時に感じたことを記しておきたい。
  • 8月30日(月)
    • 15時頃、富士スバルライン五合目の駐車場を出発
      昼過ぎから登山開始の予定であったが、昼前にスバルライン入口に向かった時には「駐車空き待ち3時間以上」の表示あり。ふもとのレストランで昼食・休憩後にゲートを入った時点では「五合目駐車場入口で渋滞1km」となっていた。土日の混雑を避けて月曜日の登山を計画していたのだが、好天ということもあって、登山を目的としない観光客の車も多かったようだ。
    • 15時35分:泉ヶ滝
      水は殆ど流れていなかった。
    • 16時15分:安全指導センター通過
      ここからは有料トイレ200円
    • 17時30分頃:七合目花小屋標高2700m通過。
    • 18時頃:七合目トモエ館到着、宿泊。標高
      カーテンで仕切られた個室仕様となっているので、ゆっくり寝られる。素泊まりで一人5500円。窓際で寝ていたが、通過する登山者の声が聞こえていて賑やかだった。
  • 8月31日(火)
      03時55分頃:七合目トモエ館出発。懐中電灯必要。岩登り多し。
    • 05時10分頃:標高3000付近で、ご来光。
    • 05時30分頃:太子館標高3100m通過。その後、本八合目トモエ館で荷物の一部を預ける(七合目トモエ館宿泊者は無料)。
      途中、左手の甲斐駒、八ヶ岳から河口湖、山中湖、箱根火山方面までよく見えた。遠くには伊豆半島、相模湾、駿河湾も。
    • 08時30分頃:九合目到着。
      八合目から本八合目までは、これでもか、これでもかというほどに「八合目」の表示が多く、どれがホンモノの八合目なのかさっぱり分からなかった。
    • 09時25分頃:吉田ルート頂上の頂上久須志神社前に到着。10分ほど休憩し、お鉢廻り(時計回り)開始。
    • 10時50分頃:剣ヶ峰到着、休憩。
    • 11時30分頃:剣ヶ峰出発。お鉢廻り。
    • 12時20分頃:下山開始。
    • 13時25分頃:本八合目トモエ館で預けていた荷物を受け取り、下山再開。
    • 15時20分頃:吉田口下山道七合目公衆トイレ到着。ここのトイレも200円。
    • 17時頃:スバルライン駐車場到着。

 私自身が前回登ったのは、2008年8月28日であり、このときは須走口からの日帰り。当該の日記に、
須走口五合目を6時35分頃から登り始めて、12時05分に頂上着。コンビニおにぎりを食べたり、お鉢巡りをしてのんびり過ごし、14時5分に下山開始、16時45分に須走口の駐車場に戻ってきました。
と記されていたので、登りに5時間30分、下山に2時間40分を要していたことになる。今回は、家族全員での登頂を目ざしていたので、登り(途中山小屋泊)は合計で8時間30分。下りは4時間40分というように、かなりのゆったりペースとなった。

 登りのほうは特に問題なく、高山病の症状は誰も出なかったが、長時間の単調な下山で、こちらのほうが最大の難所であった。実際、下山中に、膝や足の爪先などを傷めて、よろめきながら歩いている人を何人も見かけた。中には動けなくなって、馬をチャーターして帰っていた方もおられた。吉田ルート関係者には申し訳ないが、吉田ルートからの下山は富士登山最大の難所であり、私にはオススメできない。富士登山というと、登頂達成バンザイで終わってしまうような紹介番組が多いが、本当の難所は下山にある。足の疲労度から言えば、登山3割、下山7割と言っても過言ではない。

 私自身は通ったことが無いが、「富士宮口新五合目〜宝永火口〜御殿場口七合目〜山頂」というプリンスルート(2008年に皇太子殿下が登られたルート)が一番楽だという話は聞いたことがある。いずれにせよ、私自身が過去に利用したことのある富士宮口、御殿場口、須走口の下山ルートに比べると、吉田口はいちばん時間がかかり、足にも負担が大きかったように思う。

9/2追記]
吉田ルートからは35年ほど前に下山したことがあったはずだが、今回とは随分景色が違っているように思えたのでネットで調べたところ、こちらに、
以前は上記の地図の「吉田大沢」が下山道として利用されていました。しかし、昭和55年にそこで大落石事故が発生したために、現在の場所に下山道が造られました。
という記述があることが分かった。私が下山に利用したのは大落石事故より7〜8年前であったので、吉田大沢を経由していたのであった。どうりで見覚えがない景色だと思った。

なお、このweb日記を書き始めた後の富士登山の記録としては、
  • 2005年7月22日及びその翌日以降。【富士宮口経由。頂上小屋で1泊するも、翌朝は雨でトレーニング中止。】
  • 2008年8月28日。【須走口からの日帰り登山。】
の2回分がある。