じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



06月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
§§
 昨年に引き続いて、農学部構内にヒマワリ畑が出現している。昨年の様子は2008年6月18日や、6月25日の日記にあり。なお今年は農学部の最西端の畑にはサツマイモが植えられており、ヒマワリ畑の計画はなさそう。



6月14日(日)

【思ったこと】
_80614(日)[心理]ゴミの不法投棄はなぜ起こるか(7)環境問題の善と悪

 今回からは、6月12日に放送された、

たけしのニッポンのミカタ!:「ゴミ大国ニッポン!列島がごみで埋まる日」

について意見・感想を述べることにしたい。

 番組の前半のほうで、「ゴミは分別せずにどんどん燃やせ!?」という主張が取り上げられていたが、確かに、その主張にも一理ある。せっかく細かく分別しても、処理コストがかかりすぎるために結局焼却してしまうという自治体もゼロとは言えないし、リサイクルに回すことがかえって余計なエネルギーを消費するという可能性もないとはいえない。

 このことに限らないが、環境問題においては、
  1. いつの時代、どの地域においてもゼッタイに悪いこと
  2. 現在の地球環境のもとでは望ましくないこと
  3. 科学技術の水準に依存して善悪の基準が変化する可能性のあること
というように、善悪の基準にもいろいろなレベルがあり、批判的思考のもとにこれらを区別して検討していく必要があるように思う。

 例えば、ゴミをまき散らしたり投げ捨てることは、いつの時代、どの地域においてもゼッタイ的に悪である。但し、厳密に言えば、剪定で切り取られた枝や刈り取った雑草などは、指定ごみ袋に入れて可燃ゴミとして出すよりは、その場に散らかして自然に腐葉土となるのを待ったほうが環境にはやさしい。生ゴミなども分別して指定曜日に出すよりは、庭に穴を掘って埋めたほうが良い場合もある。

 「地球温暖化」や炭酸ガスの排出は何が何でも悪というように思われがちであるが、もし太陽活動が今後数十年にわたって低水準となるのであれば(こちらに関連記事あり)、人類の当面の課題は、温暖化対策ではなくむしろ寒冷化対策ということになる。『グスコーブドリの伝記』のように、カルボナード火山島を人為的に爆発させ炭酸ガスを噴かせて寒冷化を改善するということもないとはいえない。

 善悪の基準が相対的であることは、道徳や倫理基準による環境配慮行動の強化を難しくしているとも言えよう。但し、あまり難しく考えずとも、現在あるいは将来の人類に迷惑を及ぼすような行為は慎まなければならないということは言える。

 次回に続く。