じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 岡大の福利施設(生協食堂など)入口付近のクリスマス電飾。人通りの少ない土日、夕食後の散歩時に撮影。
  • 左の写真の一番上:南福利施設(ピーチユニオン)の電飾。よく見ると月齢5.8の月が写っている(この写真のみ12月15日夜に撮影)。
  • 左の写真の残りの2枚:北福利施設(マスカットユニオン)入口付近。
  • 右の写真:マスカット前のトナカイの電飾。
昼間の様子は12月3日の写真の一番下にあり。昨年の夜の様子はこちら



12月16日(日)

【ちょっと思ったこと】

ディスプレイを老眼用に「新調」する

 この一年余りの間にますます老眼が進み、老眼鏡をかけないとパソコン画面が見えにくくなっていた。たまたま生協のカタログで、22インチ液晶ディスプレイ【22型WSXGA+(1680×1050)】が4万円台で売られていたので、これを機会に取り替え、表示文字サイズも大きめに設定した。

暫定的な設定内容は以下の通り

1600×900ピクセル
DPI設定 120DPI 125%拡大
座っているところから約1m離す
 「ワイド液晶」というと、通常は表示できる情報量を増やすことが目的なのだが、私の場合は、とにかく見えやすくすることが第一。これで数字や文字の読み間違いが少しは減ったと思う。

 ちなみに、この液晶ディスプレイと、パソコン本体はいずれも、デジタル接続とアナログ接続ができるようになっていた。デジタルのほうがノイズの影響を受けないためにクッキリ表示されると言われているようであったが、デジタルの場合、画面解像度を小さめに設定するとディスプレイ画面の一部分だけに表示されるようになって、老眼者には不向きであることが分かった。また、画面いっぱいに表示ためには、アスペクト比調整機能をoffにするという方法があるようだが、私が試した限りでは、大サイズ画面ではこれがうまく機能せず、顔写真などがすべて横長になってしまった。けっきょく、アナログ接続の上記の設定今のところ最善であるようだ。

 余談だが、妻の実家では、ハイビジョン画面(11月26日の日記参照)ばかりでなく、普通の放送もすべて画面いっぱい表示しているため、人の顔などはすべて横長に写ってしまう。毎日見続けているとそのうち、世の中すべてが平べったく見えてしまいそうな気がする。

【思ったこと】
_71216(日)[教育]学士教育課程のコンセプト(10)実質化と「国際・英語学部」というチャレンジ(1)

 午後の講演ではまず、某女子大学学長から「国際・英語学部」というチャレンジについてのお話があった。このうち前半では学士課程教育全般について学長のお考えが表明され、たいへん勉強になった。

 参考になった点をいくつかメモさせていただくと、
  1. 大学教育には、コースワークの不在という問題点があり、最低必要限の体系性を備える必要があった【←長谷川のメモのため不確か】
  2. 学習指導要領の改訂内容について、ジャーナリズムの出す記号化に乗せられてしまい、注目点がずれてしまうことがある【←長谷川のメモのため不確か】。
  3. 「確かな(る)力、生きる力を育てる」【←出典未確認】は、「世の中がどのように変わろうと、自分がその中で生きる」に結びついている。閉じられた個ではなく開かれた個が必要。
  4. 大学教育には「現代思想の回避」という問題があり、内向きの価値観しか示すことができず、閉じた個を育てることになってしまった。
  5. 高度消費社会への安住という問題。→渋谷パルコ論
  6. 国際通用性の破綻という問題→ユネスコ関連機関による大学データベース化における日本の大学の地位低下。学習機会の国際化。留学生政策の暴走。
  7. 政策誘導の変化:計画的操作から市場原理へ。設置審査より事後の査定。資源配分の効用性確保へ。
 以上までの部分のうち、2.の「ジャーナリズムの出す記号化」は、教育問題以外でもありがちなことだと思う。種々の答申というのはかなりの長文となることが多い。最近では要旨やポイントが冒頭に要約提示されたり、枠で囲ったり、図示する、というように、ざっと見渡すだけでも概要がつかめるように工夫されるようになっているが、そうは言っても、答申文の最初から最後まで一言一句目を通すという人は少ない。そういう中で、新聞やテレビにより、特定の変化や話題性のある部分だけを誇大に取り上げて記号化されてしまう。一般読者は、それを通じて特定の印象を形成するという次第だ。

 4.の「現代思想の回避」の問題は私にはよく分からないが、心理学に限って言えば、人間の「普遍的な行動法則」ばかりに目を向け、1つの閉じた理論の中での仮説検証ばかりにあけくれていると、同じような問題が起こってくるように思える。「現代思想」に関して言えば、心理学に主流に影響を及ぼしている現代思想はきわめて限られているといってよいだろう。

 次回に続く。