じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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[今日の写真] 3月8日の岡山は最高気温が17.8度まで上がり、厚着で歩いていると汗ばむほどの陽気であった。そんななか、大学構内各所にオオイヌノフグリのお花畑が出現。なお、本格的なお花畑の写真が2002年3月2日の日記にある。



3月8日(水)

【ちょっと思ったこと】

経産省部長のブログ閉鎖

 3月8日付けの朝日新聞記事(アサヒコム参照)によれば、経産省の谷みどり消費経済部長が開設したブログが、PSE法言及に絡む中傷殺到と執務中更新への批判などから3週間ほどで閉鎖に追い込まれたとか。記事によれば、ブログを開設したのは2月1日。経産省のWebサイトへの誘導を狙ったものであり、付設掲示板には当初は好意的な書き込みが多かったものの、2月13日にPSE法に理解を求める内容のブログを更新したところ掲示板に1600通にのぼる批判(一部中傷)が寄せられ、また、執務中にブログが更新されたことが問題視されて閉鎖に追い込まれたとか。

 ためしにGoogleでで「谷みどり 経産省」というお名前で検索したところ、なんと11700件もヒットした。インターネット図書館には「蔵書」が残っていないが、2月1日から20日までのアーカイブはまだ削除されておらず拝見できた。

 アーカイブをざっと拝見した限りでは、そんなに極端な主張をしているわけでもない。こういったら失礼だが、Web日記を9年書き続けている私として、先輩ぶった言い方をさせてもらうなら、なんていうか、ネット上のいろんなトラブルについて何も知らないナイーブな方が、ちょっとした批判に狼狽えて、早々に身を引いてしまったといった感じ。ネット上ではもっとしぶとく生きなければやって行かれないぞ。掲示板が炎上しただけなら書き込み禁止設定にすればよいし、執筆時間は当然、勤務時間外に限定する必要がある。

 余談だが、PSE法の4月1日施行に関しては、やはりかなりの問題があると思う。とにかく、地球環境保護という至上命題のもとで、リユースの役割をもっと重視すべきだ。古い家電で何か重大な事故が頻発しているというなら話は別だけれども。

 昨日たまたま見たTV番組によれば、PSE法が施行されると、検査を受けていない中古家電の販売はできなくなるが、たとえば「2年間レンタル、2年後は無償譲渡」という、実質的に販売にあたる「レンタル契約」は違法にはならないとか言っていた。法の網をくぐりぬけるような行為はよろしくないとは思うけれど、PSE法施行に合理的な根拠がなく、なおかつ地球環境保護に貢献しないということであるなら、何らかの防衛策をとることも一案ではないかと思う。

【思ったこと】
_60308(水)[心理]セクハラ等防止講演会“心に愛をはぐくむために”(後)

 昨日の日記の続き。

 「3つのタイプの対話」に引き続き、エーリッヒ・フロムの著作についての言及があった。このあたりも「脱アイデンティティ」や「モード性格」と関連づけて考えてみたいところが多々あるが、問題が大きくなりすぎるのでここでは割愛させていただく。

 講演の後半で印象に残ったのは、「得意げな顔」と「幸せそうな顔」の違いという話題であった。ドラマの某ディレクターが若手の俳優に「幸せそうな顔をしてくれ」というと、十中八九、得意げな顔をするとか(←あくまで長谷川の記憶に基づくのであやふや)。しかし、「得意げ」と「幸せ」では、輝き方の質が違うというのが演者の趣旨であったようだ。

 私の理解では、これは要するに、
  • 得意げな顔というのは周りから光を当てられて輝いているようなものであり、またその周囲には必ず失意の人がいる。
  • いっぽう、幸せな顔というのは、自分の内からの輝きであり、周りを照らす力をもつ。
ということであるようだ。少々脱線するが、この話が出た時、光を当てるのか光を放つのかということに関しては、プロジェクトX最終回の時に中島みゆきさんが、光を当てるのではなく彼らが光を放っているんだと発想をされたということ(2005年12月29日の日記参照)をちょっと思い出した。このほか、武者小路実篤の「人見るもよし 人見ざるもよし 我は咲くなり」という言葉への言及もあったが、ええと、これらのことと、セクハラ等防止とどうつながるのかはイマイチ理解できなかった。

 ちなみに「得意げな顔」というと、うぬぼれや傲慢さを連想させるとことがあるが、競争的環境のもとで勝ち抜くことと、得意になることは必ずしも同一ではない。競争的環境は、切磋琢磨の場でもあり、結果的に勝者が出たからと言って残りの人がみな失意のどん底に落とされるわけではない。「勝者」は自分の努力の成果を喜び適度にセルフエフィカシーを高め、いっぽう「敗者」は「勝者」を称えつつ、自己の努力不足の面を反省・点検し、次回の挑戦を誓う。こういうこと自体は決して悪いことではない。要するに、競争的環境自体が良い悪いではなく、その結果をどう受け止め将来に活かすのかが問題なのである。

 それと、そもそも、顔の表情というのは、見る側の気持ちによっても変わってくるものだ。人を妬む心がある限りは、どういう幸せそうな顔もみな「得意げな顔」に見えてしまうだろう。荒川選手が金メダルを取った時の顔にしても、ある人には幸せそうな顔に見えるし、ある人には得意げな顔に見えるはず。

 講演の終わりのところでは「ポジティブな生き方」、「一期一会」、「主体性のある生き方」、「出会いとは」、「絶えずお互いに影響を与える」といったことについてまとめのお話があった(←長谷川の記憶に基づくため、あいまい)。

 ということで、中途半端ながら、この講演会についての感想を終わらせていただく。