じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

4月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

[今日の写真] 本部棟入口左手の「六高菊桜」とともに、入口右手にあって初夏を飾るのが、このツツジの大株である。図鑑で調べたところ、キリシマの一種「今猩々」ではないかと思われる。


4月23日(水)

【ちょっと思ったこと】

アジアで29位、北朝鮮に次いで下から2番目の成績と言えば...

 4/23朝のNHKニュースによれば、TOEFL(TOEFL-CBT)の最新のデータサマリーが公表された。受験者の平均点比較において、日本は186点。アジア30カ国・地域の中で29位(北朝鮮に次いで低いほうから2番目)、世界全体では142位という芳しくない結果であったという。 こちらの小論に引用した、2001-02年度版のデータ・サマリーでは、日本語を母国語とする受験者60114人の平均点は184点、こちらにある「2000-01 Edition (for period of July 1999 through June 2000)」では、21636人の平均は188点であるというからほぼ横ばい。こんなことで、「英語が使える日本人」なる政策課題が本当に達成可能であるのか、もう一度、現実的な見直しが必要ではないかと思う。

 この件に関して私の言いたいことは、こちらでほぼ言い尽くしたと思っているが、最近のイラク攻撃や北朝鮮をめぐるアメリカ一辺倒の対応を見ていると、日本人の大多数がちゃんと英語を喋れるようになったとしても、本当に主体的な行動がとれるのかどうか、ますます心配になってくる。

 とにかく重要な点は、子どもたちの勉強時間は限られており、習得できるスキルにも限界があるということだ。あれも重要、これも重要といって、その教育が必要かどうかの議論を個別に行っていたのでは、その加算された内容は到底こなしきれないものになる。

 そうではなく、全人的な視点、つまり教育全体のバランスを考えた時には、何を残すべきか、何がミニマムとして必要かをきっちり考えなければならない。さしあたり重要なテーマは、国語教育、それも現代語の読解や表現力養成ばかりではない。古文や漢文を切り捨ててよいのかということにあるかと思う。

 先日NHKスタジオパークで、瀬戸内寂聴さんが国語教育の大切さを説いておられた。残念ながら録画していなかったが、たぶん、こちらに引用されている、瀬戸内さんの英語教育についてのコメントとほぼ同じ内容ではなかったかと記憶している。

 このほか、実用日本語を広めよう 国際語の一つとして(畠山襄・ジェトロ理事長)という主張にも耳を傾ける必要がある。

 政治家や経済界の代表の主張のいちばんの欠点は、とにかく金さえつぎ込めば何でも実現できてしまうという発想であろう。しかし「英語が使える日本人」は金だけでは作れない。もっと根本的な認識レベルから、日本語と英語はどう違っているのかを科学的に分析し、限られた時間の中で、教育できることとできないことを明確にし、日本文化を守ることを前提とした英語教育のあり方を検討していくべきではないかなあ。それがダメだというなら、3/19の日記にも書いたように、いっそのこと、日本をアメリカの州の1つにしてしまったほうがよっぽどメリットが大きいのではないかと思ってみたりする。