じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 5/8の日記のこの欄でニワゼキショウの群落の写真を紹介した。その場所ではピンク系の花ばかりが咲いていたが、ニワゼキショウには少なくとももう1タイプ、白色系がある。今回は2タイプが混在している写真を紹介したい。





5月17日(金)

【思ったこと】
_20517(金)[心理]藩陽の『藪の中』

 中国・藩陽の日本総領事館事件をめぐって、様々な主張が飛び交っている。門の中に入った女性と幼児を武装警官が無理やり引きずり出したシーン、後から出てきた日本人職員が敷地内に落ちた帽子を拾い上げたり、地べたにひれ伏されている女性に中腰で何かを語りかけているシーンはビデオ映像から誰の目にも同じように映るが、それ以外のことはすべて言語的報告の域を出ない。その食い違いから、芥川龍之介の小説『藪の中』を思い出された方も多いのではないだろうか。

 ところで、このところTVニュースでは、「中国・藩陽の総領事館に、武装警察官が立ち入り、亡命を求めてきた北朝鮮の住民5人を連行した問題で....」というイントロが繰り返し流されているが、この表現は客観的事実であるように見えて、じつは、当事者たちの行動の文脈を必ずしも正確に記述していないことに気づく。なぜなら、少なくとも副領事らは亡命目的の駆け込みであるであることを知らずに対応したからである。ここで『藪の中』の多様な視点を参考にして、それぞれの受けとめ方を推察するならば....

連行された5名の視点
亡命を目的として必死の思いで領事館内の敷地に駆け込んだ。敷地内に一歩でも入れば安全と聞かされていたのに、予想に反して敷地内まで入り込んだ警官によって3名が引きずり出され、男性2名は亡命を求める紙切れを見せたのに理解されず、後から入ってきた武装警官に連行されてしまった。副領事らは、地べたにひれ伏した状態の自分たちを見下し、かがみ込んで手をさしのべることさえしなかった。

武装警官らの視点
ちょっと気を緩めたスキに、不審者5名が敷地内に駆け込む行為を許してしまった。このままでは公務怠慢として厳しく罰せられることになるので、必死になって女性・子どもを引きずり出そうとした。治外法権は知っていたが後で了解をとれば済むと考え、とりあえず不審者を引きずり出して、領事館側の判断に委ねることにした。副領事らは自分たちの帽子を拾ってくれた上に、領事館内に不審者を入れるよう要求しなかったので、通常の警備の手順に従って詰め所に連行した。

最後に、対応の拙さについて各方面から非難をあびている副領事らだが

副領事らの視点
窓の外で悲鳴などが聞こえているのであわてて外に出ると、(すでに引きずり出された)女性らが門の外で押さえつけられていた。いっぽうビザ申請室に男性2名が入り込んでいることも分かった。上司からのお達しにより、不審者の侵入は何が何でも追い出すべきところであったが間に合わずに残念。しかし中国側の警官らが排除に協力してくれたので、不可侵権侵害を黙認したうえで未遂事件として処理した。顔見知りの武装警察官らの行為だったので、この日に限って意図的に不可侵権を侵害したとは認識できなかった。


といった感じになるのかもしれない。ここで重要な点は、

誰もウソをつかなくても、言語的報告の不一致は生じる

という点だ。客観的事実は1つであったとしても、個々人の行動を支配する随伴性は文脈によって異なるのである。「中国・藩陽の総領事館に、武装警察官が立ち入り、亡命を求めてきた北朝鮮の住民5人を連行した」という表現は、
  • 警察官らの敷地内立ち入りが確認できた
  • 支援団体などの情報からこの5人が北朝鮮住民であり、韓国かアメリカへの亡命を求めていた
という情報を事後的に付加した上で記述しているのであって、当事者の個々の行動の説明要因には必ずしも含まれていないという点に留意しなければならないと思う。

 この事件についての私の考えは5/12の日記に書いた通りだ。武装警官が総領事館の敷地内に無断で立ち入ったという事実一点に絞って不可侵権の侵害を抗議することは可能だが、その事実を含めた「連行」全体に対する副領事らの対応を明らかにすればするほどボロが出てくる。いくら腹を立てたところで、副領事らがちゃんと対応していなかったとしたらどうにもなるまい。子どもどうしが喧嘩してケガをしたが、その場は仲直り、夜になって、顔の傷をどうしてくれるんだと親が文句を言ってくるというならありがちな話だが、副領事は現場での日本国の大人の顔である。「その場で動転していた」、「亡命要請メモの英語が理解できなかった」、「事件後に遼寧省外事弁公室に電話をかけて中国人職員に抗議を伝えさせたが、どの職員に頼んだのか思い出せない」、「後から立ち入った警察大隊長とは顔見知りだったので握手した」などと言い訳をしたところで、対外的には通用しないだろう。そうした手落ちを副領事らの個人責任に帰すか、指揮監督や人員配置の問題とするかは今後の国内問題とはなるだろうが、いずれにせよ事件そのものはすでに外交交渉の段階に入っている。公開された事実に矛盾しない範囲で、両国の対面をどう保つかという、つじつま合わせをしているのだということを忘れて、あれやこれや事実をほじくり出していくと、とんでもない大恥をかくことになりかねない。いろいろな勢力があれやこれやと吠えているが、限られた情報だけに基づいて世論を煽り立てていると、その情報が覆された時の世論は、ゼロを通り越して反対方向にたなびくものだ。初めからそういうリバウンド効果を狙うならともかく、あんまり得策ではあるまいなあ。キゼンとした態度がキベンとした態度にならぬよう、水面下の交渉をきっちり成功させてもらいたいものだ。