じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa

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[今日の写真] 午前中、福岡県南部の親戚宅へ。出荷前のダリアの花苗が並べられており、アングルによっては高原のお花畑のように見えた。ダリアのほか、ポーチュラカ、ガザニア、ナデシコ、アリッサムなどの苗をたくさん貰った。





5月4日(土)

【思ったこと】
_20504(土)[一般]連載マンガの最終回

 鍋料理屋の待ち席で『別冊宝島235 いきなり最終回』という本をみつけた。『いきなり最終回』というタイトルの本は私の書棚にも3冊ほどあるが、それらに収録されていないために謎として残っている作品もあった。このあたりの経緯は、97年10月28日の日記その翌日の日記に記したことがある。




 今回収録分で、初めて読むことのできた最終回は、『ブラックジャック』(1978年最終回)と『翔んだカップル』(1981年最終回)の二編。他にも巻末のダイジェストで『ど根性ガエル』(1976.6.14.最終回)、『おそ松くん』(1969.4.6.最終回)、『がきデカ』(1990.11.6.最終回)、『天才バカボン』(未完ではあるが、1976.12.5.に一応の最終回)、『めぞん一刻』(1986.4.20.最終回)、『鉄腕アトム』、『子連れ狼』などの最終回のあらすじを知ることができた。

 このうち意外だったのは『がきデカ』が1990年にいったん復活していたこと。ずっと昔に完結し最終回を見たと思っていたのだが、どういう経緯があったのだろうか。ま、一話完結型のギャグマンガの場合は、いつどのような形で終わっても大して気にならないものではあるが...。

 上記の『翔んだカップル』に続編や続々編があるというのも知らなかった。もっとも、『別冊宝島235』の中でも解説されていたように、いわゆる「パート2」でヒットしたものは少ない。パート2以降で感激が薄れるのは映画(例えば『猿の惑星』)でも同じことだ。第一作の人気に便乗し、第一作でせっかく余韻が残されているところに無理矢理つじつま合わせの展開をつけるから感動が薄れてしまうのだ。続編が可能なのは、シャーロックホームズのような一話完結型の短編に限られるのではないだろうか。

 このほか、同書では『美味しんぼ』についてのマンガ論が面白かった。「どうやって味を演出するか」、「史上初のレフェリーマンガ」(←いずれも私の記憶によるため表現は不確か)という指摘はなるほどそうかと思った。




 最初から単行本として執筆された書物と異なり、連載マンガの場合には雑誌社による「強制終了」というケースもある。作者に意向に反して終了させられた作品の1つとして『できんボーイ』が挙げられていたがあれはどうしてそうなったのだろうか。まさか、PTAからのクレームではあるまいなあ。あの作品の中では、不謹慎ながら、お葬式を取り上げた作品が腹を抱えて笑うほど面白かった。ギャグマンガの傑作を1つ挙げよと言われれば、私は間違いなくあの作品を推すだろう。

 いっぽう、人気が出ているストーリー物はそう簡単に終わらせるわけにはいかない。また、文字だけの小説よりどうしても具体的となるため、余韻を残すような結末を描くのが非常に難しい。「明日のジョー」をどう終わらせるかについてのエピソードも載せられていたが、けっきょくのところ、読者側の想像に委ねるというのが正しい結末ということになるのだろう。これは、上記の「猿の惑星」(←あくまでチャールトン・ヘストン主演の映画)でも同様。第一作の終わりでテーラーがどこへ行くのかは観客の想像に任せればよく、続編に拘束される必要はあるまい。




 ところで、この『いきなり最終回』のきっかけとなった単行本は、ある新聞で「ダイジェスト文化」として批判されたことがあったという。元の記事を読んでいないので確かなことは言えないが、どうやら

プロセスを無視して結果だけを手に入れたがる

という風潮への批判が含まれているようだ。それに対して『宝島』の担当者は、そんなことは無いと反論する。手短に結果を知りたいという読者は稀であり、大多数は、かつてそれを読んでいた頃との重ね合わせ、懐かしさ、不確かな記憶の確認のためにこの本を手にしているという。私自身も同様であって、今まで一度も読んだことのない作品に関しては最終回にもあらすじにも全く興味がなかった。ある意味で、こういうものを読む時の感動は、ラジオから昔の歌謡曲が流されてきた時の懐かしさに似ている。そういう意味では「ダイジェスト文化」とは本質的に異なるように思う




 私が学生・院生の頃は、どの学部のゴミ集積場にも、『サンデー』、『マガジン』、『チャンピオン』、『ジャンプ』などの雑誌が大量に捨てられていた。ところが、岡大のゴミ置き場を見る限りは、そのような雑誌は一冊も無い。週刊誌よりも単行本指向になったためなのか、マンガ文化そのものが廃れてきたのか、よくわからない。連休中の身近な風景を観察する限りでは、まだまだマンガの魅力は衰えていないように思えるのだが.....。