じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



12月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

クリックで全体表示。


 クリスマスが近づき、各所でサンタクロースの人形を見かけるようになった。写真は近隣の高齢者施設のベランダに取り付けられたサンタクロース。昨年も同じものを見かけた。プレゼントを届けに来たのか、空き巣の侵入なのか分からないところもある。



2023年12月16日(土)




【連載】笑わない数学(8)ケプラー予想(3)「球充填」「多次元空間における非格子充填」

 昨日に続いて、11月15日にNHK総合で初回放送された、『笑わない数学 シーズン2』:

ケプラー予想

についてのメモと感想。今回で最終回。

 放送の後半ではようやくこの回のタイトルにもなっている球充填問題が取り上げられた。先に述べた通り、この問題はもともとできるだけたくさんの砲弾(球体)を積み上げる方法についてケプラーが相談を受けたことに由来している。ケプラーは「空間に球を詰め込む時、一層目の窪みに二層目の球を入れていく方法を使えば密度が最も高くなる」と予想をしたが、その証明は残さなかった。
 その後、正規配置の円充填を解決したカール・フリードリヒ・ガウスが、「規則的な並べ方」という前提のもとで、この方法が最も密度が高くなることを証明した。ちなみにこの場合の球の密度は74.05%となるが、ランダムな並べ方の中にこの密度よりも高くなる方法があるのかどうかについては調べなかった。
 その後の研究は進まなかったが、1900年、ダフィット・ヒルベルト(1862ー1943)が20世紀中に解かれるべき23の未解決問題の1つとしてこれを取り上げたことで、再び注目されるようになった。この解決に名乗りを上げたのが円充填問題を解決したラスロ・フェイエシュ=トートであった。彼は円充填問題で円に外接する六角形の面積に注目したのと同じアイデアで、球と球の間を面で区切る十二面体の体積と球を包む正12面体の体積を比較するというアプローチを試みた。しかし、平面の場合の正六角形は隙間無く平面を充填できたのに対して、球を面で区切って作られる正十二面体では隙間の空間が生じるため証明に失敗した。
 こうして球充填問題は再び未解決問題となったが、20世紀の終わりにアメリカの数学者であるトマス・ヘールズはコンピュータを用いて膨大な場合分けを行うという方法でアプローチを開始。その結果、導き出されたのは「ランダムな場合を含めても最大の密度は74.05%になる」という結論。これはガウスの導き出したものと全く同じであった。こうしてケプラー予想は、数学者の共同作業という意外な形で決着を見ることになった。なお、この「証明」は当初コンピュータを使っただけの計算であり完全な証明とは認められなかったが、その後ヘールズ博士自身が11年をかけてコンピュータを使った新たな検証を行い、今では誰もが認める証明になった。

 平面に続いて3次元での充填問題を解決した数学者たちは、その後さらなる高次元での充填問題に挑む試みを始めた。2022年にはウクライナ人数学者のマリナ・ヴィヤゾフスカ博士が8次元と24次元での球充填問題を解決し、フィールズ賞を受賞した。
 高次元での充填問題がここまで興味を持ったきっかけは10次元で明らかになった意外な事実であった。それは、「10次元においては規則的な並べ方よりも密度が高くなる奇妙な並べ方が存在する(既知の格子充填よりも密度が大きい非格子充填が存在する)」というもの。
 ヴィヤゾフスカ博士は現在スイスに在住しているが、そのいっぽうふるさとウクライナでは両親が暮らしている。それでもなお数学の研究を続けていることについて博士は、
この世界に人々の心をひとつにできるものが少なくなっています。数学はそのひとつだと思います。どうかアイデアの共有を止めず、お互いが心を開いて、数学に関する問題はもちろん、一緒にこの時代の困難に対する答えを見つけてくれることを願っています。
と語っておられた。

 ここからは私の感想・考察になるが、立体の充填配置に再び注目を向けるきっかけとなったがヒルベルトの未解決問題の提案にあるということはまことに興味深い。他の未解決問題も同様かと思うが、ヒルベルトが選び出した問題は単にパズル的な面白さを与えてくれるというようなものではなく、その解決に挑むことで新しい数学の分野が開拓されるという発展の可能性を秘めている点がスゴいところだ。もっとも、今回のヘールズ博士のコンピュータによる解法のほか、四色定理などいくつかの重要な未解決問題は、エレガントとは言えない方法で証明されている。ま、世の中にはこの種の複雑多岐にわたる、抽象的推論があまり役に立たないような現象【しらみつぶしに調べないと解決できないような問題】も存在するということか(P≠NP予想の議論も同じようなことか?)。

 4次元空間以上での充填問題については素人の私にはまったく理解できないが、もしかすると、物理空間で特異的に生じる粒子や歪み、あるいは生物の器官や働きが、さらには社会現象における世論や嗜好性の歪みなどが、多次元空間における非格子充填に由来しているという可能性はあるかもしれないように思う。