じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 岡大・文法経駐車場北にあるミモザの大木。年々、駐車場側に枝が伸びて、駐車場の3台分のスペースが使えなくなっている。今年中には剪定もしくは伐採される可能性が高く、見事な開花は今季が最後になるものと思われる。


2023年2月7日(火)



【連載】ChatGPTの親近感とデタラメ度(10)校歌、古典、お経の読解力をテストする

 1月31日に続いて、ChatGPTの話題。

 今回は、AIが現代文以外の日本語(文語体、和歌、古文、お経など)をどの程度理解できるか調べてみた。

 まずは昨日の日記で世田谷区の話題を取り上げたことの繋がりで、私が卒業した若林小学校の校歌の意味を解説してもらった。この校歌の歌詞は3番まであり、以下のようになっていた。

(1)松蔭の古き歴史に 誇りあり 学び舎たのし 花ひらけ いよよ励みて 強く 正しく 朗らかに まことある人とならばや
(2)不二が嶺は白く聖けく いさぎよし こころのしるべ 虹かかれ いよよ努めて 清く 明るく のびやかに 美わしき者とならばや
(3)若林みどりさやけく 望みあり はらからうれし 星ひかれ いよよ睦みて 直く やさしく 健かに 慈しむ人とならばや

 このうち(1)についてAIは、
この歌詞は、学校に誇りを持って、勉強を楽しんで、花を咲かせ、元気に、強く、正しく、明るく、真実の意味で人となっていこうという願いが表されています。「松蔭の古き歴史に誇りあり」という表現から、学校の歴史が長いことを強調し、それを誇りに思っていることがわかります。また、「学び舎たのし」「いよよ励みて」「まことある人と」といった表現から、学校で楽しく学ぶこと、前向きに努力すること、真実で誠実な人間となることが大切だということが伝わっています。
と解説してくれた。「松陰(まつかげ)の」というのが同じ町内にある松陰神社を意味していることはAIでもさすがに気づかれなかったようだが、だいたい正確に歌詞の意味をとらえているようだ。ちなみに私が小学生の頃は「誇りあり」を「埃あり」とふざけて、座布団を叩いて埃を出したりしていた。

 続く(2)についてはAIは、
この歌詞は、「不二が嶺」と呼ばれる場所を、白く聖なるものとして、心の指針として、努力して、純粋で明るく、元気に、美しいものとなろうという願いが表されています。「不二が嶺は白く聖けく」という表現から、この場所は聖なるものとして尊重されていることが伝わっています。また、「こころのしるべ」「いよよ努めて」「美わしき者と」といった表現から、この場所が心の指針となり、努力して、美しいものとなることが大切だということがわかります。
と解説してくれた。私のほうから、
ふじがねというのは、この学校から眺めることのできる富士山のことではありませんか?
と尋ねると、
はい、そのようです。「不二が嶺」は、この学校から眺めることができる富士山のことを指している可能性があります。富士山は、日本の代表的な山として、美しい景色を望むことができます。この歌詞で「不二が嶺」と呼ばれていることから、この学校から富士山を望むことができることが示されています。
という回答があった。

 最後の(3)については、
この歌詞は、「若林」という場所を、緑豊かなところで、願いがあり、楽しく、星が輝いているところとして、仲良く、正直で優しく、健康に、親切なものとなろうという願いが表されています。「若林みどりさやけく」という表現から、この場所は緑豊かであることが伝わっています。また、「いよよ睦みて」「直くやさしく」「慈しむ人と」といった表現から、この場所で仲良く、正直で優しく、親切なものとなることが大切だということがわかります。
と解説してくれた。私のほうから、さらに、
「いよよ睦みて」とはどういう意味ですか?
と尋ねたところ、
「いよよ睦みて」は「仲良く睦んで」という意味になります。「睦む」は、親しく仲良くする、友好的な関係を築く、という意味です。この歌詞では、「いよよ睦みて」という表現から、この場所で仲良く、親しい関係を築くことが大切だということが伝わっています。
と回答された。ちなみにこの3番目の歌詞にある「星ひかれ」について、私はつい最近まで「星引かれ」であり、星が引かれるというのは地球の引力で隕石が地球に引かれる(流れ星が流れる)という意味だと思い込んでいた。ところがある日、ウォーキングの最中になぜか小学校校歌の歌詞が浮かんできて、「星ひかれ」というのは「星光れ」ではないかとはっと気づいた。小学校を卒業してから60年近く経ってやっと歌詞の本当の意味を理解することができた。

 今回のAIの解説はなかなか適確であったので、
以上の歌詞は私の卒業した小学校の校歌の歌詞でした。ようやく意味が分かりました。ありがとうございました。
とお礼を述べたところ、
【AI】ご質問ありがとうございました。喜んでお答えすることができました。お役に立ててうれしいです。もしまたご質問がございましたら、お気軽にお問い合わせください。
と返答があった。ま、相手はAIなので、お礼に答えてもらうぶん、かえって負荷をかけることになって有り難迷惑かもしれないが。




 次は、和歌の意味について解説してもらった。なお、この部分は2月2日の楽天版の再掲である。説明をしてもらったのは、法界院奥ノ院にある碑文:

うれしさは 何にたとへん今朝もまた 生かされてある われをみつめて

であった。AIからは、
この和歌は、自分が生きていることへの感謝の気持ちを表しています。「今朝もまた生かされてある」という表現から、毎朝目が覚めることが奇跡であり、感謝すべきことだということが伝わっています。また、「われをみつめて」という表現から、上記の感謝の気持ちは、自分自身に向けられていることがわかります。
というありがたいお言葉をいただいた。




 続いて、平家物語の冒頭部分を解説してもらった。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の祿山、これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、民間の愁ふるところを知らざりしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。
近く本朝をうかがふに、承平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信ョ、これらはおごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道、前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、傳へ承るこそ心もことばも及ばれね


 これについてAIは、
この文章は、過去の有名な政治家たちと現在の有名な政治家たちを比較するものです。祇園精舍の鐘の音が「諸行無常」を示しています。娑羅双樹の花の色は「盛者必衰」の理を示しています。過去の有名な政治家たちは、自分の権力や富を享楽に使って、国の混乱に気づかず、民間の悲しみを知らなかったと記述されています。一方、現在の有名な政治家たちは、謙虚で美徳を持っていると書かれています。
と解説してくれた。最後の「現在の有名な政治家たちは、謙虚で美徳を持っている」というのは間違いだが、なぜこのような勘違いが起こったのかは不明。




 さらに、般若心経の途中までの部分を解説してもらった。


仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得

 AIの解説は、
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」は、仏教において、「観自在菩薩」が深い「般若波羅蜜多」を行う時に読まれる心経です。
これは、五つの蘊(肉体・感覚・意識・形質・行為)を見ても、すべてが虚空であり、すべての苦しみを超えることができると主張しています。 色と空は同一であり、受け手や行為、知覚も同じように空であるとされています。
このことから、諸法は空の相であり、生まれも滅びもなく、汚れも清浄もなく、増減もないとされています。
空の中には、色や受け手、行為、知覚、五感、意識などは存在しないとされています。また、無明や死も存在しないとされています。これらすべてがないため、苦しみや得失もないとされています。
というありがたい解説をいただいた。もっとも、この解説が原文の読解のみに基づいたものであるのか、それとも般若心経に関するデータベースを参照した上での「知識の引用」に過ぎないのかは、見極めることができなかった。




 最後にこの時期の話題として、

「一月往ぬる二月逃げる三月去る」とはどういう意味ですか?

と尋ねたところ、
「一月往ぬる二月逃げる三月去る」は、日本の古い言い伝えで、1月には気温が上がり、2月には気温が下がり、3月には桜が散り始めることを指します。この言い伝えは日本の季節変化を示すものであり、3月には春が近づいていることを示しています。
という全くデタラメな解説をいただいた。校歌、和歌、古文、お経などでかなり適確な解説をしてくれたAIが、なぜこれほど的外れな解釈に至ったのか、驚きであった。

 不定期ながら次回に続く。