じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 ノーベル物理学賞に選ばれた真鍋淑郎先生の数式を掲げたホテルが岡山市内にあるというニュースがあり、街中で別の用事があったついでに見物した。ホテルの名前は「A&Aリアムフジ」で、こちらに宿泊体験記がある。予約はこちらから可能。すべて一棟貸しで、平日は38220円からとなっているが、コロナ禍のせいかけっこう空室が多いようだ。
 ホテルの前に到着したところ、すぐ近くに本社のあるテレビ局からインタビューを受けた。どうせボツになるだろうと思っていろいろ喋ったところ、夕方のローカルニュースで、優等生的な発言部分に限って放送されていた。カットされた発言部分は以下の通り。
  • 真鍋先生の数式がフランスの地下鉄の駅に掲げられているということは知っていたが、まさか、日本、それも岡山にも掲げられていると聞いて驚いた。
  • 真鍋先生の功績は偉大だが、注目されるのが遅すぎた。異常気象などが起こる前に温暖化対策をとるべきだった。
  • 数式に含まれている0.622という数値は、観測で得られた値なのか、(円周率やeのように)理論的に導き出された数値なのか興味がある。
  • 岡山の自慢は桃太郎くらいのものなので、新たな観光名所になるかも。



2021年10月8日(金)



【連載】ヒューマニエンス「“快楽” ドーパミンという天使と悪魔」その9 遅延価値割引とドーパミン

昨日に続いて、9月9日に初回放送された表記の話題についての感想と考察。

 番組では続いて「我慢と“快楽”の関係は?」と題して、
  • 3歳〜5歳の子どもの前に、お皿に載せた3個のお菓子を提示。そのうちの1個を選ばせる。
  • 「お姉さんがまたここに戻ってくるまで食べなかったら、こっちの2つも全部あげるね」と教示し、「いますぐに1個を食べるか」vs「我慢して後で3個食べるか」という選択をさせる。


という実験が紹介された。その結果、実験参加者9人中6人が我慢することに成功した。

 こうした実験は、行動分析学では「遅延価値割引」として知られており、例えば2014年の年次大会では、「セルフ・コントロールおよび価値割引研究の基礎と応用」という大会企画シンポが行われている。なので、ここでドーパミンの関与が持ち出されてきたのか少々意外に感じるところがあった。

 番組に登場された伊佐正先生(京都大学)&ナレーションによれば、
  • 子どもたちが我慢できたのは、ドーパミンがもたらす未来の快楽のため。
  • 【伊佐先生】より進化が進んできて脳が発達してくると、前頭葉がどんどん発達してくる。
  • ドーパミン神経細胞は、線条体だけでなく前頭葉にも長く軸索を延ばしている。前頭葉は未来を予測する部分。その予測の土台になるのがドーパミンによる快楽の記憶。その記憶から1つ食べた時と3つ食べた時のドーパミンを比較し行動を選択する。ドーパミンは未来のための行動を支えているのだ。
  • 【伊佐先生】記憶を保持し未来を予測し、そしてそれに向かって努力していく能力を我々は獲得していく。それによって、より多くの報酬を得る行動を強化するためにドーパミンが働くようになってきた。
  • 我慢と快楽、その正反対に思える行為、じつはその我慢を支えるのも快楽だったのだ。
 坂上先生はさらに、
中脳を1階、線条体を2階に喩えてドーパミンが中心になった学習について説明してきたが、さらに今度は3階建ての話になる。3階の前頭葉はより長い未来予測をするようになる。その際に作られるドーパミンと、2階レベルのドーパミンは作り方も結果も違うので我々は常に“二重人格”的な考えを持っている。...線条体の時間割引と前頭葉の時間割引は違う。...前頭葉はゴールを先に決める。そのためにいま何をしなければならないのかというストーリーを作る。このストーリーを作ることができるのが前頭葉の役割。小説を読んで喜ぶのも、まさに、前頭葉の本来の仕組みを反映しているから。...
というように補足された【すべて長谷川の理解に基づく意訳】。さらに農耕は前頭葉のドーパミンのおかげで生まれた(いとうせいこう氏)という見解も示された。坂上先生も、太古は目の前の獲物を追っかけるというように線条体が働いていたが、それだけでは獲物が獲れないと飢え死にしてしまう。そこで前頭葉を使って長期的・計画的に食料を確保するようになった、これが狩猟農耕社会の始まりであるとも説明された。

 ここからは私の意見・感想になるが、長期的・計画的な行動が何によって強化されるのか、という問題を考える時には前頭葉レベルのドーパミン放出が重要な役割を果たしていることは確かであるかもしれない。行動の直後に結果が伴わないと行動は強化されないという大原則を考えると、農産物の収穫といった長期の強化の遅延は説明できなくなってしまうからだ。とはいえ、別段ドーパミン放出の有無をいちいち確認しなくても、行動分析学で体系化されているルール支配行動の理論などでも充分に説明できるように思われる。じっさい、待つことが苦手の子どもに、どうやって我慢を身につけさせるかというような実践場面を考えた時は、ドーパミンを投与するわけにもいかず、結局、すでに開発されたトレーニングに頼るしかなさそうに思う。
 前頭葉の機能を調べること自体は、学習や行動の生理学的な説明として大いに有意義であるとは思うが、それが一人歩きしてしまうと、ホムンクルス(Homunculus、頭の中の小人)の無限循環に陥ってしまう恐れがあるようにも思う。要するに、前頭葉にはホムンクルスが存在していてさまざまな判断を行っている、となるとそのホムンクルスの脳にもまた前頭葉がある、その前頭葉には1レベル小さいホムンクルスが....というような循環だ。

 次回に続く。