じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 岡大構内の植栽に生息するオオヒメグモの網。見栄えは悪いが害虫を捕獲してくれる可能性あり。

2021年8月6日(金)



【連載】ヒューマニエンス「“腸内細菌” ヒトを飛躍させる生命体」その3 腸内細菌の活用と多様性の保存

 8月4日に続いて、7月22日に初回放送された、NHK「ヒューマニエンス」、

「“腸内細菌” ヒトを飛躍させる生命体」

の備忘録と感想。

 番組では続いて「腸内細菌で脳を育てる」という話題が取り上げられた。腸内細菌を利用してうつ病や自閉症、パーキンソン病などの予防や治療が試みられているという。須藤信行先生(九州大学)のグループが行った実験によれば、腸内細菌を一切持たないマウスは、他動で不安の程度が高く同じケージ内の他のマウスを攻撃する。この無菌マウスでは、脳神経の成長を促すとされるBDNFという因子が低下していることが分かった。さらにこの無菌マウスの腸内にビフィズス菌を入れると、セロトニンが分泌されるようになり、セロトニンが脳と腸をつなぐ迷走神経を刺激し脳を改善、BDNFも正常な値に戻ったという。人間対象に同じ実験ができないが、マウスの結果から、ヒトにおいても脳腸相関に腸内細菌が関与していることが推測される。スタジオゲストの内藤先生によると、腸内細菌と脳の間での直接のコミュニケーションは存在しないが、ヒトのいろいろな臓器には、腸内細菌が作る物質の受容体があるという。

 番組の終わりのあたりでは「海の腸内細菌で変える食の未来」という話題が取り上げられた。

 食糧危機を回避するためには養殖漁業が重要であるが、病原菌による大量死というリスクがある。田岡洋介先生(宮崎大学)の研究室では、魚の病気を抑制するラクトコッカス・ラクティスなど10種類以上の腸内細菌を発見し、それらを餌に混ぜる方法を検討しているという。
 また、矢澤一良先生(早稲田大)は、EPAやDHAを大量に持つ青魚に注目している、EPAやDHAは、それぞれEPA産生菌、DHA産生菌によって造られていることが世界で初めて発見された。矢澤先生は北海道から沖縄までの殆どを巡り、現地で腸内細菌を採集し分離を試みた。その数は17年間で4万種に及んだという。これらの産生菌を大量に培養することも可能だが、現時点では魚を食べたほうがコストが安く、実用化には至っていないようだ。遺伝子組み換えにより植物油にEPAやDHAを含ませる研究も行われているらしい。

 番組の最後のところでは、ノアの方舟の発想に基づき、多様な腸内細菌を保存しようという取組が行われている。ノルウェーのスヴァールバル島には世界種子貯蔵庫がすでに設置されているが、マリア・グロリア・ドミンゲス=ベリョ先生(アメリカ・ラトガース大学)は、農作物の種子ばかりでなく、「細菌版ノアの方舟」を提唱しているという。近代文明の中で除菌化、無菌化が進み、腸内細菌の多様化が失われつつあるからだ。ちなみに内藤先生のグループが行った研究によれば、1000年前と2000年前の古代人の便の中から見つかった腸内細菌の構成は、京丹後で調査された65歳以上の男女の一部の構成とよく似ていたという。また三世代の調査で、その多様性は急速に失われており、将来に備えて日本人のベストな腸内細菌を保存する必要性が強調された。このほか、自分自身の腸内細菌が乱れた時に備えて「自分版ノアの方舟」というアイデアもあるという。健康な時というのは概ね10歳〜15歳であり、その時代の便を残しておけば老後に役立つ可能性がある。

 ここからは私の感想になるが、まず、養殖産業で、これまでの抗生物質過剰投与に変えて、腸内細菌を通じて養殖魚の免疫力を高める研究は大いに意義深いと思う。もっとも、これまでの話から言えば、腸内細菌を餌に混ぜて投与しても腸内には達しないようにも思われる。何らかの特殊なカプセルで投与するということだろうか。

 あと、近代文明のもとで多様性が失われているという話だが、新型コロナウイルスに関しては、逆に、変異株による多様化が進んでいるようにも思われる。細菌レベルでの多様化とウイルスレベルでの多様化の速度や方向性についてもう少し調べる必要がありそうだ。