じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 西遊記(1978年のテレビドラマ)では時たま、ネパール側から撮ったヒマラヤの山々の写真が出てくる。写真は、ネパール・トレッキング(エヴェレスト眺望コース)ではおなじみのアマ・ダブラム(6856m)。写真下は1978年12月撮影。
 ホンモノの玄奘三蔵は、唐の国から天山山脈、キルギス、ウズベキスタン、アフガニスタン経由でインドまで往復しているので、こんなところでトレッキングをする余裕はあるまい。

2020年2月11日(火)



【小さな話題】最近のテレビ放送から:西遊記(1978年のテレビドラマ)/映画「翔んで埼玉」

西遊記

 地元の「テレビせとうち」が1978年放送のテレビドラマ「西遊記」を「懐かしの名作 西遊記」として放送していたが、2月10をもってパート1が最終回を迎えた。

 1月16日の日記に記したように、このドラマは基本的には、旅をしていると妖怪が出現し、捕らえられた三蔵法師に危機が訪れるが、悟空たちの活躍で無事救出するという1話完結型の展開となっている。旅先で人を助けるという点では水戸黄門シリーズのドラマとも似ているが、悟空、八戒、悟浄はそんなに従順ではなく、いつも悪口を言い合っている。その掛け合いが面白い。

 パート1の全26話にはいくつか作風の違いが感じられたが、これは監督の違いによる可能性もある。また、ナレーションやセリフの一部が口パクだけで無音化されているところがあった。放送禁止用語を喋っていたものと推測される。

 最終回では、西田敏行演じる八戒の出番が目立っていたが、続くパート2からは左とん平に交代しており、これで最後の登場ということになる。

 リンク先にも記されているように、このドラマの主要なロケ地は、千葉県鋸山か静岡県御殿場であり、じっさい、富士山麓と思われるシーンをしばしば見かけた。

 西遊記は、壮大なSFアドベンチャーモノとしても描けるいっぽう、本作品のように登場人物の掛け合いが魅力となるドラマも描ける。前者はCG技術の進歩によって今後さらにリアルな作品が登場する可能性があるが、後者については、夏目雅子、堺正章、西田敏行、岸部シローという大俳優を超えた新作を作ることは相当困難と思われる(宮沢りえ、本木雅弘らの1993年版は観ていないので何とも言えないが。)




「翔んで埼玉」

 2月8日にフジテレビ系で放送された。ネット記事によると、平均視聴率が16・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)、映画の放送が始まるとYAHOO!のリアルタイム検索で「翔んで埼玉」関連ワードが次々と上がり、映画終了後には、トップ20がすべて関連ワードで占められる人気ぶりとなっていたという。

 この映画が公開されたのは1年前の2月22日ということであったが、私自身はそういう映画が人気になっていることを全く知らなかった。
 GACKTさんのことは、芸能人格付けチェックを何度か視ておりお名前だけは存じ上げている。ウィキペディアに「日本語、英語、中国語(北京語)、韓国語、フランス語等が話せる」と記されていたが、この映画の中でも、ほんのワンシーンではあるが、ネイティブなみに流ちょうに英語や中国語で喋っておられた。
 もう一人の主役、二階堂ふみさんについては、失礼ながら全く存じ上げていなかった。劇中では壇ノ浦百美という女の子を演じていると思ったが、ストーリー上は男という設定になっているらしい。麻実麗に恋をするという展開からみても女の子のほうが自然であると思うのだが、よくわからん。というか、私は、複雑な人間関係が描かれると理解不能になり、理解すること自体が面倒になってしまう。

 映画の中身はなかなか面白い展開であったが、地域差別を助長する内容であるといったクレームがつかないのは、それだけ日本が平和で、出身地や居住地による差別が無いということの表れであるかもしれない。

 私自身は東京・世田谷の生まれであるが、高校生の頃、埼玉県新座市の平林寺のあたりまで何度かサイクリングをしたことがあった。当時(1968-69年頃)は、練馬区から県境を越えて当時の新座町に入ると、それまでアスファルト舗装されていた道路が砂利道に変わり、地域の格差が実感されたものであった。しかし、2007年に36年ぶりに訪れた時には周辺の景色がすっかり変わっていて、練馬区と新座市の違いを感じさせるものは見当たらなかった。

 ちなみに、いま私が住んでいる岡山も、隣接する兵庫や広島と対比すると埼玉っぽいコンプレックスがあるようだ。そう言えば、はなわさんによる「自虐で岡山をアピールする?」という話題を取り上げたこともあった。