じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 1月17日(火)のモーサテ・ビジネス書ランキングによると、5位以内から姿を消していた『嫌われる勇気』が2位に浮上。昨年8月以降は若干順位を落としていたが、またまた復活。浮沈の激しいビジネス書業界において、この本は年間ビジネス書ランキングで3年連続首位となるなど、長期的な人気は衰えていないようだ。

2017年1月17日(火)




【思ったこと】
170117(火)二人称や三人称の苦悩(6)ルール支配行動と自己(3)

 1月16日の続き。

 二人称や三人称の苦悩としては、
  1. 他者と共通の困難や挫折を体験する。
  2. (自分自身の苦悩ではないが)他者の苦悩に接し、それを分かち合う。
というように、少なくとも2種類のタイプがあるように思われる。

 このうち1.は、自分自身も直接の当事者となっているため、自分の苦悩の枠組みで論じることもできる。但し、苦悩の原因が、自然災害や戦争のような社会全体の問題である場合、一人の力では状況を好転させることはできない。その場合は、他者との協力、連帯といった個人的問題にはない新たな要素が加わってくる。そうした、他者との繋がりを考慮に入れた別の解決方法を模索することもアリではないかと思う。

 いっぽう2.のタイプは、災害発生時のボランティアに参加する場合がこれに当てはまる。またセラピストがクライエントに接する時にも、そういう状態に陥る可能性がある。(といって、接する相手の苦悩をすべて共有してしまってはセラピストとしての役割は果たせなくなる。)

 すでに述べてきたように、いずれの場合にも、一人称複数(「私たち」)という視点がどう関わってくるのか、検討する必要はありそうだ。発達のプロセスとして
  • 一人称単数視点の取得 → 他者の視点の取得 → 一人称複数視点の取得
  • 一人称単数視点の取得 → 一人称複数視点の取得 → 他者の視点の取得
のいずれであるのかという議論もあるし、
  • 他者への思いやりや共感は、他者の視点の取得ではなく、他者を取り込んだ「私たち」という視点の取得によって初めて成り立つのではないか?
  • 一人称複数の視点は、あくまで一人称単数の視点のメタファーにすぎないのではないか?
といった議論もありうる。

 次回に続く。