じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 文法経グラウンドから眺める半田山の黄葉。いちばんの見頃となっていたが、12月10日の午後から40ミリ以上の大雨となっており、かなりの葉が落ちたものと思われる。

2015年12月10日(木)


【思ったこと】
151210(木)理論心理学会公開シンポ(15)心理学の将来の方法論を考える(7)ベイズ的アプローチと心理学(1)

 12月3日の続き。今回より、繁桝先生の話題提供、

「ベイズ的アプローチと心理学」

についてメモと感想を述べさせていただく。

 「ベイズ的アプローチ」は、最近、日本心理学会の年次大会でも注目されており、Yahoo!で「日本心理学会 ベイズ的アプローチ」という検索語を入れると、 といった企画が次々とヒットする。特に、今年度に行われた公開シンポの抄録には
【略】...【ベイズ統計学による】分析の一番の特徴は「研究仮説が正しい確率」を直接的に計算することです。この確率こそ、データ分析者が(そして研究者が)論じたい確率です。伝統的な統計学で計算されるp値は「帰無仮説が正しいと仮定するとき、手元のデータ以上に甚だしい状況が生じる確率」です。しかし、これは二階から目薬的な、もってまわった分かりにくい確率です。伝統的な有意性検定の枠組みでは、「研究仮説が正しい確率」は決して計算できません。もうp値からは卒業しましょう。
というチャレンジングな呼びかけが記されている。

 もっとも、日本心理学会の過去の関連企画をざっとチェックしてみると、その殆どは、繁桝先生と豊田先生がご尽力されている企画であり、心理学の分析方法としてはまだまだ主流になり得ていないように思われる。

 じっさい、繁桝先生の今回の話題提供抄録にも、
...ベイズ統計学の権威であるD.V.Lindleyは、将来はベイズ統計学が主要な統計理論であるとして、「2010年には、普通に教えられている伝統的な統計学(正確にはサンプリングに基づく理論)も教えられている。ただし、統計学の歴史としてで。」という名言?を書いた。しかし、2010年は既に過去であるが、心理学研究でペイズ的アプローチがデータ分析のために使われることは依然として稀である。...

 ここで私なりにその理由を考えてみるに、まずは、多くの心理学者の無関心が挙げられるのではないかと思われる。各領域の研究者は各々の研究テーマに取り組むのが精一杯であり、そのさい、従来型のp値検定(平均値の有意差検定)を行っただけで業績として認められるのであれば、それ以上には統計的手法の改革に関心を寄せることはない。これは心理学者ばかりでない。私が関わっている園芸療法系の学会発表とか、以前在籍していた医療技術系の短大の研究者の場合も、型どおりのt検定が多用されていたことを思い出す。また、繁桝先生が指摘されていたように、2日間にわたる今回の理論心理学会のシンポでも、複数の話題提供の中で、従来型の有意差検定に基づくエビデンスの提示が行われており、ベイズ的アプローチへの理解が進んでいないことが示唆された。

 上記に加えて、心理学の研究者は、必ずしも統計学を得意としていないという事情もあるだろう。私が学部生の頃などは、岩原信九郎先生の『教育と心理のための推計学』がバイブルのように使われていて、自分集めたデータと同じパターンの分析事例を本の中から探し出して型どおりに数値を当てはめていくという慣行があった。(もっともあの時代はまだ電卓すらなく、そろばんと筆算で計算するか、もしくは大型計算機センターに出向いてパンチカードに打ち込むのがやっとであった。)

 ということで、ベイズ統計学が普及しなかった理由の1つは、文系出身の心理学者にとって、確率分布の話が難しすぎるという点にあるように思う。例えば、上掲の日本心理学会71回大会の抄録には、
ベイズ統計学の歴史は古く,これまでもその重要性は認識されてはいた.しかしベイズ統計はシンプルなモデルを扱う際にも高次元の確率分布を積分する必要があり,その困難さが理由で利用されることはほとんどなかった.そのブレイクスルーとなったのがMCMC(マルコフ連鎖モンテカルロ)法である.MCMCを利用することで事後分布を数値的にシミュレートして推定量の分布を直接調べることが可能となり,このためほとんどの統計モデルにおいて標準的にベイズ推定をすることができるようになった.
という記述があるが、学会参加者の中で、このシンポに出席しただけでこれらの基本概念をそっくり理解できる人たちがどれだけおられるのか、心許ない。

 もっとも、繁桝先生も言っておられたが、従来型のt検定とか分散分析などは一切教えず、最初からベイズ統計学一本で統計教育を行えば、すんなり理解してもらえる可能性はある。じっさい、豊田先生のところでは、

基礎からのベイズ統計学: ハミルトニアンモンテカルロ法による実践的入門

をテキストとして、学部段階からベイズ統計学の教育をされているという話を伝え聞いた。私の手元にもこの本があるが、比較的わかりやすく、しかも興味深い事例がいくつも取り上げられている。

不定期ながら次回に続く。