じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



07月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

 第97回全国高校野球選手権岡山大会決勝は、岡山学芸館が6−5で創志学園を破り、初の甲子園出場を決めた。↓の記事参照。

2015年07月25日(土)



【小さな話題】

高校野球岡山大会決勝の「たられば」と備前富士

 土曜日の午後、表記の試合の後半戦を生中継で観た。↑のスコアボードにもある通り、7回までは創志学園が3-0でリード、8回表に岡山学芸館が3-3の同点に追いつくと、その裏、再び創志学園が2点をとって5-3となりそのまま逃げ切るかと思っていたところ、9回表に3連打で無死満塁から4番・喜納智志が走者一掃の三塁打を放って6-5に逆転、9回裏を0点に抑えて勝利するという劇的な展開になった。

 創志学園で悔やまれるのは、8回の裏、5-3とリードしたあとで、三塁ランナーが外野フライでタッチアップした際の離塁が早すぎたとしてアウトになった点。あそこでもう1点取れていれば結果的には延長戦になった可能性がある。このほか、投手交代も結果的には裏目になった。

 もっとも、野球では「たられば」の反実仮想型後悔は意味が無い。投手交代にしても、先発投手に負担をかけすぎていたことが交代を余儀なくされたとも言える。このほか、どの場面だったか忘れたが、投球がワンバウンドしてから打者に当たったように見えたところで、判定は悪送球とみなされ、三塁走者の生還が認められたシーンもあった。といってもあれも審判の判定が覆らなければ、「たられば」してもしようが無い。

 ちなみにウィキペディアによれば、岡山学芸館高校は、岡山市東区西大寺(旧西大寺市)上に所在し、中高一貫教育を提供する私立中学校・高等学校。岡山大会優勝で流れた校歌の中に「備前富士」が出てきたが、これは芥子山のことと思われる。私の住んでいるところからは東南東方向にあり、季節によって、「ダイヤモンド備前富士」現象を楽しむことができる【2015年2月23日の日記参照】。甲子園でもぜひ、備前富士の校歌が流れるよう応援させていただきたい。




恐竜の存在を最初に唱えた人

 7月22日に放送された、NHK「歴史秘話ヒストリア

鳥だ トカゲだ いや恐竜だ! 〜恐竜を“発見”した男たち〜

を録画再生で視た。

 恐竜の骨自体は大昔から発見されていたが、これが中生代に繁栄した大型は虫類の骨であると学術的に認められるようになったは1800年代前半であったという。

 番組ではギデオン・マンテルの苦労が取り上げられた。ウィキペディアには現時点で記されていないようだが、当時は、聖書(旧約聖書)の壁があったという。聖書には、大昔の動物はすべて草食であったとの記述があり(←私自身は聖書を読んだことがないので未確認)、マンテルの発見した鋭い歯の化石から大型肉食動物の存在を主張すると宗教上の矛盾をもたらす恐れがあった。番組によると、イグアノドンという名称は、形の類似性よりも、植物食のイグアナがいたことにちなんで名付けられたように思われた。

 ちなみに、マンテルの発見した動物がもし肉食であったと仮定すると、それだけの鋭い牙や丈夫な骨格をもった大型動物が生き延びていくためには、獲物となるためのさらに巨大な草食動物の存在が予言されたはずである。当時そのような議論が行われたのかどうかは定かではない。

 余談だが、番組タイトルに「恐竜を“発見”した男たち」となっているが、「男たち」といってよいものかどうかは疑問が残る。じっさい、ウィキペディアによると、イグアノドンの最初の発見者は、マンテル自身ではなく、マンテルの妻であった可能性があるという。また、番組でも取り上げられていたが、1982年、鯖江市の中学生だった松田亜規さんが、家族と訪れた石川県白峰村桑島(現白山市)の通称「化石壁」の下で黒く光る小石を拾ったことが、福井県での恐竜化石発見のきっかけになったという。【こちらこちらに関連記事あり。】。学問的な意味での「発見」が、見つけたという行為自体にあるのか、見つけたモノが何であるのか確認された段階をもって言うのかは議論があるとは思うが、むしろ「女たち」のほうが当たっているような気もする。