じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 岡大西門西側の花壇に咲くカワラナデシコ。2002年、文化科学系総合研究棟が完成した当時、園芸業者さんの手で混色されたテンニンギク、ガザニア、アイスランドポピー、カワラナデシコの中の生き残りであるが、今年は数株のみ。ちなみに、ガザニアは1株、アイスランドポピーはこの場所では繁殖困難のため絶滅。結局、テンニンギクと、ハクチョウソウが圧倒的な勢力を誇っている。


2015年05月28日(木)


【思ったこと】
150528(木)哲子の部屋「どうしたら“恋”できるの?」(3)

 昨日述べたように、

“これ性”(出来事が持つ唯一無二の特異性)

という時の唯一無二が、
  1. いろいろ比較した上で最終的に「これしかない」と判断された関わり。唯一無二の本来の意味。
  2. あらゆる出来事は一期一会という発想。
のいずれを意味するものであるのかによってその後の展開は大きく変わってくるとは思う。私自身は、もともと、シュワルツの言うsatisficerタイプの生き方をしているので、特定対象に対して強い関わりを求めることはまずない。そういう意味では2.に近いと思っている。歳をとってきたこともあり、じっさい、どこかを旅行する時には、ここを訪れるのはこれが最後だという気持ちをいつも持ち続けている。

 といっても、すべての出来事に一期一会を適用することは現実には不可能。いちいち今生の別れを告げていたのではあまりにも堅苦しい。じっさいには、適宜ピックアップした対象に対してだけが一期一会なのであって、それ以外の圧倒的多数の対象は殆ど無視しているし記憶にも残らない。

 そう言えば最近、HDDに録画したテレビ番組をあまりダビングしなくなった。次々とダビングしたところで実際に再度視ることはないというのが直接の理由であるが、種々の番組内容に対してあまり興味を持てなくなったというのも一因となっている。




 いずれにせよ、「出来事が持つ唯一無二の特異性」というのは決して「運命」による出会いではない。もともとそれが成立するような前提条件がいくつかあって、種々の関わりの中でたまたまその条件が満たされた時に強い結びつきが生まれるのであろう。

 私がかつて修論研究で論じた味覚(食物)嫌悪条件づけなどはその一例。ある味(食べ物)を摂取した後、食中毒などの不快症状が起こると、その味に対する嫌悪が条件づけられる。複数回以上の経験を経て形成される一般の条件づけとは異なり、この条件づけは、たった1回の経験だけでも、終生続くような強力な嫌悪が形成される。また、雑食性の動物などでは、幼少期のある期間に摂取した食べ物に対して強い好みが形成されることがある。

 より一般的には、インプリンティングという現象が知られている。アヒルのヒナが、孵化した直後(正確には、孵化からしばらく経ったのちの一定時間範囲)に初めて見たモノのあとを追いかけるといった現象。

 次回に続く。