じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



07月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

 7月24日の岡山は最高気温が36.2℃の猛暑日、最低気温は27.7℃の熱帯夜となった。岡山の暑さは、日中に瞬間的に最高気温を記録するタイプではなく、長時間の持続に特徴がある。30℃以上の暑さは午前9時〜24時すぎまで、33℃以上は午前11時から夕刻19時にいたる間はずっと続いた。また夜21時には、全国第二位の暑さにランクインしている【写真右端】。写真は文学部中庭と半田山。前期の授業はまだ行われており建物内には大勢の受講生がいるが、屋外ではあまりの暑さに人影まばら。


2014年7月25日(金)

【思ったこと】
140725(金)長谷川版「行動分析学入門」第14回(3)補遺(3)ストーブに火をつけるのは、好子出現か嫌子消失か?

 表題は、「好子出現の随伴性」による強化なのか、それとも「嫌子消失の随伴性」による強化なのか、という議論です。表題を含めて、同じような議論は次のような状況で起こりえます。
  1. 寒いときにストーブに火をつけるという行動は、寒さという嫌子が消失することで強化されるのか? 、それとも、暖かさという好子出現によって強化されるのか?
  2. 暑くてたまらない時に団扇で扇ぐのは、暑さという嫌子が消失することで強化されるのか? それとも、涼しさという好子出現によって強化されるのか?
  3. 空腹時に非常食を口にするのは、空腹という嫌子が消失することで強化されるのか? それとも、涼しさという好子出現によって強化されるのか?
  4. 山で道に迷って水筒が空になった時に湧き水を探すという行動は、渇きという嫌子が消失することで強化されるのか? それとも、湧き水という好子出現によって強化されるのか?
 こうした問題は以前から議論されており、古くは、このWeb日記の執筆を開始して間もない1998年12月8日やその翌日以降【こちらにまとめあり。】で考察したことがあります。
【『行動分析学入門』(杉山ほか、産業図書、ISBN4-7828-9030-3)では、】...好子出現による強化の場合には、その好子の効果を高めるような状況自体も好子になる。専門用語を使えば「当該の行動随伴性の確立操作自体が好子になる」(日本語版、143頁)。具体的に言えば、食物の強化効果が高まるような変化をもたらす行動、たとえばお腹を減らすために運動するような行動が起こるかどうかということだ。

 おぼれかけている人が岸にたどりつく時の「岸」は決して好子ではない。もし好子であるならば、その人は何度も水に飛び込むであろうということだ。

 で、もとに戻って、もしストーブに火をつける場合に「暖かさ」が好子であるとすると、「暖かさ」という好子の効果を高めるために、わざわざ外に出て寒さに身を晒す行動が起こるはずである。それが起きないのは、火をつける行動が、あくまで「寒さ」という嫌子が消失する随伴性によって強化されているためということの証拠となる。
というように考察しています。これは一口で言えば、「ある事象が好子であるとすると、その好子の力を高めるような行動が起こるはずだ」という判別基準です。高級レストランで食事をする前にお腹を減らそうとして付近を散策する行動は、「レストランの料理」という好子の力を強めるための確立操作になります。散策行動が起こるのは、料理が好子であるからです。いっぽう、「暖かさ」が好子であるならば、ストーブに火をつける前にできるだけ寒い所を歩き回ったり、あえて薄着になって震えていたほうが良いということになりますが、実際にはそのような行動は起こりません。よって、上に述べた通り、ストーブに火をつけるのは、あくまで嫌子消失の随伴性によって強化されると考えられます。

 以上は1998年頃の私の考えです。この基準で言えば、上掲の1.から4.はいずれも、「好子出現の随伴性」ではなくて、「嫌子消失の随伴性」によって強化されていると言うことができます。

 この分類自体については、今も考えは変わりませんが、判別基準は、単に確立操作で見分けるのではなく、もっと別の、以下のような視点が必要ではないかと考えるに至っています。
  1. 好子や嫌子という分類は、それぞれの個体の行動の文脈の中で判別されるものである。物理的には同じモノ・出来事であっても、それぞれの人によって、また文脈によって、好子になったり嫌子になったりする。例えば、上掲の「湧き水を探す」という行動は、遭難した人が水を求めている場合には、嫌子消失の随伴性で強化されますが、そのような緊急事態ではなくて、源流探しのハイキングをしている人の場合には、あくまで好子出現の随伴性ということになります。
  2. 行動の直前にモノや出来事があり、それが観察や操作可能であり、かつ、その人にとって重要な対象であるならば、まずそれが好子なのか嫌子なのかという判別から始めるべき。
    →上掲のストーブに火をつける、団扇で扇ぐ、非常食を口にする、湧き水を探すという事例は、いずれも、行動の直前に、「寒さ」、「暑さ」、「極度の空腹」、「極度の渇き」という具体的なモノや出来事がありますので、それらを嫌子と呼び、行動の直後にそれが消失したと考えるのはきわめて妥当と考えられます。
  3. 嫌子消失の随伴性のもとでは、当該行動以外の候補もありうる。
    →寒い時には、ストーブに火をつける以外にも「厚着をする」、「体を動かす」、「暖かい飲み物を飲む」など、他の行動で代替される可能性があります。ストーブの「暖かさ」だけがすべてではありません。
  4. ある状況において、嫌子消失の随伴性が働いたとしても、状況が変われば好子出現になることもあり、またその逆も成り立つ。
    →山で遭難して湧き水を探し当てた時には、その湧き水は「渇き」という嫌子を消失させてくれます。しかし後日、ちゃんとした装備をして同じ山を歩き、「あの湧き水をもう一度飲みたい」としてその場所を探し回るとすれば、その場合の行動は「湧き水」という好子出現の随伴性によって強化されるでしょう。
  5. 「出現」や「消失」というのは、物理・化学概念ではなくてあくまで私的出来事。但し、それが起こったかどうかは第三者によって観察可能。
    →上掲の例を物理学的に捉え直すと、ストーブに火をつけるのは熱エネルギーの出現、団扇で扇ぐのは、皮膚の表面からの熱の放出促進、非常食の摂取や湧き水摂水はモノの移動(対外から体内への移動)であって、行動随伴性における出現や消失とは必ずしも対応しない私的出来事です。しかし、ストーブに火をつけたのかどうか、団扇でどれだけ扇いでいるか(そのさいに皮膚面からどのくらいの熱が放出されたのか)、非常食を食べたのかどうか、湧き水をどのくらい飲んだのか、といった事実は第三者によって観察が可能です。
 以上述べたように、モノや出来事に関する物理学的・化学的な観察だけで、好子や嫌子の判別、あるいは、出現か消失かという判別をすることは不可能です。そもそも、ある食べ物をいくら精密に分析したところで、好子とか嫌子といった成分は検出できません。行動随伴性における「出現」や「消失」が、物理学的なエネルギーの「出現」・「消失」とは正反対になることさえあります。但し、それらの変化は、主観ではありません。出来事自体は私的であっても、観察対象としては客観的というのが、行動随伴性の大きな特徴ではないかと思われます。