じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 秋雨前線が南下した8月26日の岡山は、最低気温が21.9℃まで下がり、最高気温のほうも27.9℃どまりで、先日までの猛暑がウソのような涼しさとなった。8月27日も最低気温が21.5℃という涼しさであったが、最高気温は33℃まで上がり、週末には再び蒸し暑さが戻るとの予想になっている。

 写真は、8月26日夕刻の本部棟上空。秋の雲が広がっていた。


2013年08月26日(月)

【思ったこと】
130826(月)高齢者における選択のパラドックス〜「選択の技術」は高齢者にも通用するか?(4)「幸せになるための選択を惑わす障害」

 8月25日の続き。

 アイエンガー先生の「コロンビア白熱教室」の最終回、

第5回 「幸福になるための技術」

では、受講生から幸せの定義についていろいろな意見を求めたあと、けっきょく、決め手となる定義は無いということから、「幸せになるための選択を惑わす障害」が論じられた。

 心理学以外の幸福論でもそうだとは思うが、「こうすれば必ず幸せになれる」と説くのはカルト宗教団体くらいのもので、たいがいは、「こうすれば不幸にならなくて済む」とか「こうすれば幸福を妨げる障害を取り除くことができる」といった議論になりがちである。テレビの健康番組にあてはめてみるなら、「こうすれば健康になれる」ではなく「こうすれば病気にならない」というレベルと同じ議論ということになる。もっとも、健康の場合は、デバッグの作業のように病気になる諸要因を1つずつ取り除いていけば、とりあえず老化が進むまでは、最低レベルの健康体を維持することができる。なぜなら、人間のからだは、本質的に、恒常性(ホメオスタシス、Homeostasis)の機能を内蔵しており、特別な努力をしなくてもしなくても良好な状態を一定期間保てるようにできあがっているからである。

 いっぽう、「幸福」というものは、何もしないで勝手にやってくるものではない。であるからして、「幸せになるための選択を惑わす障害」を取り除いたからといって、直ちに幸福になれるわけではない。といっても、大概の人は、そういう障害を取り除こうと頑張っているうちに歳をとり、けっきょく、「自分の人生はこんなものだったのか。ま、いいかっ。」と回顧して一生を終えることになる。

 ま、それはそれとして、最終回の講義でアイエンガーが強調した「幸せになるための選択を惑わす障害」は以下のようなものであった。
  • 数値にこだわりすぎること
    →幸福は数値化が難しいので、具体的な基準に基づいてプロ&コン方式(Pros & Cons)で選択することができない。直感を無視するな。
  • 自分の欲しいものが分からない
    →そもそも自分が何を望んでいるのか、仕事に何を求めるのか。求めるものの変遷との関係
  • 幸せをもたらすものへの過度の期待
    →一定以上の収入になると収入と幸福度の相関は無くなる
  • 分かっていても間違った選択をしてしまう
    →誘惑に惑わされるな。遅延価値割引。
 もっとも、昨日も述べたように、私にはイマイチ、アイエンガー先生の言われる「理性vs直感」という使い分けが理解できない。上掲の「数値にこだわりすぎるな」というのは、直感重視ということにもなるが、反面、遅延価値割引に関しては、
  • 直感が教えてくれるもの:あなたが今欲しいものは何か?
  • 理性が教えてくれるもの:10年後に欲しがるものは何か?
というように、直感だけではダメだ(待てば2個のマシュマロが貰えるというのに、目の前の1個のマシュマロを我慢しきれずに食べてしまうようなもの)とも言っている。行き着くところは結局、「理性と直感のバランスが大切」ということになるのかもしれないが、バランスという概念は、うまくいかないときに「バランスを崩した」と表現できる程度ものであって、バランスを保つにはどうしたらよいのかを詳細に明示することはなかなか難しい。上掲のホメオスタシスの議論に戻れば、我々が何とかして体調のバランスを保ったり、二本足で歩いたりすることができるのは、バランスを保つ機能がもともと備わっていてその「自動制御装置」ボタンを押すだけでうまく働いてくれるからである。しかし、「理性と直感」のバランスを保つ機能などは、我々の体のどこにもビルトインされていない。「理性と直感」という二分法の是非をめぐる議論はもとより、かりにそれを認めたとしても、両者のバランスを保つためには、緻密で詳細な具体策を立てていかなければならないだろう。


 次回に続く。