じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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§§ センダン、まだまだ見頃。実をいっぱいつけたセンダンは、花の少ないこの時期にはけっこう目立つものである。昨年12月8日の写真と同一の樹であり、長期間にわたって金色に輝く「小宇宙」を展開している。


2013年01月08日(火)

【思ったこと】
130108(火)質的研究・文化心理学の交差点:ヤーン・ヴァルシナー教授を迎えて(5)サトウタツヤ氏の話題提供(1)

 お正月をはさんですっかり空いてしまったが、昨年12月29日の続き。

 ヤーン・ヴァルシナー氏の講演に引き続いて、「日本における質的研究のカッティングエッジ」と題するシンポジウムが行われた。話題提供者は、
  • 「文化心理学における理論の役割:形態維持と発生の三層モデルの意義」サトウタツヤ(立命館大学)
  • 「時間のなかで重層化する不妊当事者の自己語り:不定,変容の循環のなかで」安田裕子(立命館大学)
  • 「時間的展望からみた人生構築」 白井利明(大阪教育大学)
のお三方。この連載では、特に印象に残った点や、フロアをまじえて議論のあった点を中心に取り上げていくことにしたい。

 1番目のサトウタツヤ氏の話題提供ではまず、心理学の研究において質的研究の位置づけが変わってきていることに関して、アメリカ心理学会が2012年に刊行した『心理学における研究方法』(APA Handbok of Research Methods in Psychology.)の中で、ウィリッグ(Willig)の「質的研究における認識論的基礎の展望」という論文が巻頭論文となっていることを取り上げた。そして、そのWilligは、質的研究を、

●質的研究とは意味もしくは意味づけ(meaning)に関心を持つものだ

と定義しているという。続いて、意味と文脈に関して様々な例が挙げられた。

 例えば「13」という模様は、「5+8=」のあとに記されていれば十三という数字あると見なされる。いっぽう、「1」と「3」がかなりくっついた状態で「A、13、C」と並んでいれば、十三ではなくアルファベットの「B」に見えてしまう。また、「13」のあとに、「=5+8」がくっついた場合、つまり「後続の出来事によって13の意味が変わる」ということさえありうる。

 哲学に疎い私には、ここで論じられている文脈主義の流れを十分に理解することはできないが、心理学で扱われる刺激や反応というものが、個々バラバラに独立した断片としてではなく、全体の流れの中で、関係性を持って機能しているという点は十分に納得できるものである。

 行動分析学においてもいくつかの考え方があり、その中の実験的分析を重んじる人たちは、刺激や反応を物理学的に測定可能な客観事象として扱おうとしているようにも見える。しかし少なくとも私自身は、そのようには考えていない。刺激は決して客観事象ではないが、提示や除去といった操作の段階では、再現可能という範囲で客観性を持っているに過ぎない。例えば、ネズミに1粒のミルクペレットを与えるという実験操作において、ミルクペレットの「意味」は、実験環境やネズミ自身の状況によって大きく変わってくる(=文脈に依存)。しかし、「1粒のミルクペレットを与える」という操作自体は、ペレットの質量、与えるタイミング(=随伴性)などの点で客観性を持ち、再現性がある。上掲の「13」という模様についても、それが数字の十三に見えるかアルファベットのBに見えるかは文脈に依存しているが、「13」の文字の大きさ、色、「1」と「3」の文字間隔などは、文脈から独立して客観的に測定・記述可能である。

 なお、行動分析学と質的研究、文脈主義の関係については、

武藤崇(2001).行動分析学と「質的分析」(現状の課題).

が、大いに参考になる。

 次回に続く。