じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa


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カシュガル

2000.8.11.〜8.12.


9月3日(日)

【思ったこと】
_00903(日)[_008PC]蹄鉄打ち、鍛冶屋さん.....カシュガルで本物の職人を見た

 前回、カラクリ湖からカシュガル直前までの区間の感想を記した時、「私にとってはカラクリ湖が旅行の目的地、そこから先は帰路と言えないこともない。」と書いた。その意味では、カシュガルはまさに帰路の通過点に過ぎない。しかし、イスラマバードからのパミール横断中にどこへ行くのかと聞かれれば行き先はやはりカシュガル、ここに到達して初めてツアーの目的が達成されたことになる。

 カシュガルに到達することには別の意義もあった。20年近く前に、中国国内のシルクロード各所(ウルムチ、トルファン、敦煌、嘉峪関)や旧ソ連中央アジア(当時の呼称で、アルマータからアシュハバードまで)を巡ったことはあったけれど、やはりカシュガルに来ずにシルクロードを語ることはできない。じっさい、カシュガルのホテルの壁にはこんなキャッチコピーが掲げられていた。

[Image]

 漢文の知識に乏しいので正確な訓読はできないが、要するに
シンチャン(・ウィグル自治区)に来ずに中国の広大さなんて分かるもんか、カシュガルまで来ずにシンチャンに来たなんて言えるもんか
というような意味かと思う。じっさい、カシュガルには、かつてNHK「シルクロード」第一部を通じて多くの日本人の心を動かした「トレーダー分岐点」の昔ながらの風情がそのまま残されていた。

 カシュガルには香妃墓を初めいくつかの観光スポットがあるが、私が感動したのは、観光客目当てではない本物の職人さんたちの仕事ぶりであった。こちらにアップした写真のうち、16番から24番あたりがそれにあたる。

 行動分析学の創始者のスキナーはかつて、
The industrial revolution made a great change in the incentives of the worker. It destroyed many natural reinforcing contingencies. In the long run, the old craftsman was perhaps working for money or for other goods, but every step of what he did was reinforced by certain immediate consequences. When, in the industrial revolution, his work was broken up into small pieces and single pieces assigned to separate workers, there was nothing left by way of a reinforcer except money.[行動分析学研究、1990, 5, p.102.]
【長谷川によるかなりの意訳】物を作り上げるそれぞれの段階で得られていた、かつての職人たちの喜びは、産業革命によって失われてしまった。細分化されてしまった作業をやり終えた時に与えられるものは、今や賃金だけになってしまった。
として、職人たちの仕事に「自然に与えられる強化随伴性」がたくさんあったことを惜しんだ。(ちなみにスキナーの同様の主張は、『Upon further reflection』(1987)というエッセイ集にも現れている。『人間と社会の省察』(ISBN4-326-10112-1)という訳本が出版されているのでご参照いただきたい。)。


 日本でも、民芸村のようなところに行けば、伝統的な工芸職人の技を拝見することができる。しかしそれらはしょせん観光のための客寄せにすぎない。ここに挙げた写真は、3〜4番を除けば、みな現地の人たちの生活にそのまま役立つ道具を作っている場面であった。単なる見せ物、あるいは贅沢な土産物ではなく、ナマの生活に直結しているというところに活気が感じられた。ここの職人さんたちの中には「仕事がきつい」という方もおられるかもしれないが、「仕事がつまらない」、「やりがいが無い」というような声は決して出てこないのではないかと思えた。

 とはいえ、このカシュガルも5年後、10年後にはずいぶんと変わっていくのだろう。すでに町の一部では近代化や観光地化が進んでいた。残念ではあるが、安価な工場生産物によってこれら手作りの製品が駆逐され、ごく普通に見られたロバやラクダの荷車が観光用幌馬車になる時代もそう遠くないように思えた。