じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 ニシキギの赤い実。

紅葉も終わり、赤い実が残るだけになった。枝部分にあるコルク質の2枚の翼が特徴。


2012年12月18日(火)

【思ったこと】
_c1218(火)“叱りゼロ”社会はなぜ実現できないのか?(6)罰的統制と互酬(1)

 この日記でも何度か取り上げてきたが、「お金」というのはつまるところ次の2つの機能に集約できる。
  • モノを占有する機能。
  • 人を働かせる機能。
こんなことを言うと、お金の3大機能を知らないのかとか、そんな単純なものではないと怒られそうだが、本質はこの2つであると私は考えている。また上記の2つはしばしば連動する。例えば、ある人が老後に備えてマンション経営に乗り出したとする。これは結果として、土地と建物を占有することになる。そうすると、その建物に住むことを望む人は、家賃を払わなければならない。家賃を払うためには働いてお金を稼ぐ必要がある。その労働は、回り回って、家主さんのためにサービスを提供することになるのである。もし、その土地がこんなところであったとすると(出典は、こちら)、いくら豪華なマンションを建てたとしても誰も借りに来ない。マンション経営が成り立つためには、他の人にとっても必要であるものを占有しなければならない。それを貸し付ける対価として、回り回って自分のためになるような賃労働を提供してもらうのである。

 かつての奴隷制社会では、一部の支配階級は、罰的統制によって奴隷を働かせて贅沢な暮らしを維持していた。現在の自由主義社会には、もはや鞭や足かせは無いが、個人が土地や生産手段や住居などを占有するという形で、好子消失阻止の随伴性が働く仕組みを合法的に作って、その中に無産者を追い込んで働かせているというのが実状であろう。こんなことを書くと一昔前のマルクス主義者みたいに思われるだろうが、私は別段、いまの社会を悪いと言っているわけではない。ここで言いたいのは、互酬だけではやっていけないという前提に立つなら、好子出現阻止の随伴性によって人々を働かせる仕掛けはどうしても必要である、自由主義社会はそれを、占有と格差という形で巧妙な仕掛けによって実現しているだけだということである。働いて賃金を受け取るというのは、最も基本的な好子出現による強化であるように見えるが、そもそも、お金が価値を有するためには、人を働かせる仕組みと連動することが不可欠である。そう言えば、この連載の発端となった、

●ドラえもん“生誕100年前祭” ドラえもん誕生日スペシャル「アリガトデスからの大脱走」

では、囚人達に、強制労働でダイヤモンドの採掘をさせていたようであるが、いくらダイヤモンドを掘り当てたととしても、その蓄えで支配者一族が繁栄することは絶対にあり得ない。なぜなら、その世界ではダイヤモンドは何の役にも立たず、賃金労働の対価にはなりえないからである。

次回に続く。