じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 昨日も述べたように、この時期は、日の出の時刻と早朝の散歩時間が重なるため、さまざまな美しい光景が見られる。

 9月9日は、雲が多すぎて朝焼けにはならなかったが、東の地平線のあたりだけ晴れていて、真東から昇った太陽が岡大・本部棟に反射し、これまでで最高レベル(じぶん比)の輝きを放っていた。(一般教育棟非常階段から撮影。)

9月9日(日)

【思ったこと】
_c0909(日)日本質的心理学会・第9回大会(8)個人の準拠枠の変容をTEM・TLMGで描く(8)胃瘻造設決定の事例(2)難解ではあるがツールとしての有用性は理解できた

●制度的な組織の境界を超えた繋がり、活動、学習による個人の準拠枠の変容をTEM・TLMGで描く

の話題の続き。TEMとTLMGについては企画者から概略が説明されたところであったが、1番目の話題提供者からもさらに次のような補足があった。

 まず、TEMについては、
  • 研究対象(開放システム)の分岐点から等至点に至るプロセスを非可逆的時間軸上で記述
  • 分岐点における選択を環境との相互作用で考察
  • エスノグラフィを素描、概略を可視化
というツールであると説明された【配付資料からの引用、一部改変】。TEM図を描くことが最終目的というよりも、TEM図の改定版を繰り返し描くという可視化を通じて、議論を共有し、論点を明示化することが狙いであると理解した。

 いっぽうTLMGは、人間の心的メカニズムの変容構造を分析するツールであるとのことであった。「開放システムの固有の歴史性を勘案し、既存の解釈との葛藤による意味の産出を捉える」という狙いがあるということであったが、うーむ、率直なところ、何のことかサッパリ分からない。「促進的記号」なるものが重要であると主張されていることは分かったが、何だか、新興宗教のお説教を聞いているみたいで、雲を掴むような話であった。
  • 促進記号とは非可逆的時間とともに現れ、人が取り得る進路をガイドする(サトウ, 2008, 254頁)。←何だか、迷える人を導く神様みたいやなあ。
  • 促進的記号がTEMの等至点を要請。無生物である「促進記号」がどうやって「要請」する?
  • 促進記号とは開放システムの等至性。促進的記号を明らかにすることで、TEM図の等至点が再検討され、等至点の恣意性を排除できる。【←配付資料についての長谷川の理解に基づく改変】
ま、何はともあれ、

●意思確認困難な高齢者への家族による胃ろう造設決定プロセスを描く

という具体的事例の中で、理解していくほかはなさそうである。

 ところで、この研究では、介護家族に対して、参与観察と半構造化面接を並行させる形で、調査が行われた。この種の研究対象では、インタビューだけでは不完全であり、参与観察を取り入れた点は特筆に値する。

 そうした調査の中で産出されたのが「胃瘻は便利なもの」という意味であった。これは、経口摂取が困難ではあるが自分で飲み込む力が残っているな中で食事介助を継続し、「食べさせるのが地獄だった」という体験と、いくつかの出来事を通じて、最終的に胃瘻造設の選択を行うというプロセスにおいて大きな役割を果たしていた。

 配付資料によれば、「便利なもの」が促進的記号となり、個体発生レベルにおいて、食事介助から胃瘻という変容が生まれるというような説明であったと理解したが、私が聞き取れた範囲では、この家族の場合、食物あるいは栄養物を摂取するという患者本人の権利に関する議論については特に葛藤はなかったように思えた。ということで、果たして、第三層の準拠枠変容と呼ぶべきような転換があったのかどうか、病状が進行していくなかで胃瘻という新たな医療技術を施しただけではなかったのかという気がしないわけでも無かった。但し、TEM図の分岐点の分析を通じて、「胃瘻造設をするかどうか」は等至点ではなくて1つの通過点であり、等至点は「本人を含めた家族全員が穏やかな日常生活を送る」というところにあるという結論に至ったあたりは、TEM/TLMG分析のツールとしての有用性を示す好例であったと評価できるように思えた。

 次回に続く。