じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 年末年始に過ごした北九州では、あられや小雪が舞うなど、全般に天気が悪く、雲の間からやっとこさ太陽が顔を出すという程度であった。写真は、岡山に戻った翌日の日の出風景。さすが「晴れの国おかやま」である。なお、1月6日は最低気温がマイナス1.8℃まで下がり、この冬一番の寒さとなった。

1月6日(金)

【思ったこと】
_c0106(金)「初めて」の陶淵明(3)

 昨日では、「初めて」の陶淵明の1番目、自分の生産する作物の成長ぶりを、中国では初めて、勤労者の立場から表現したことを挙げた。

 これに関連するが、ガーデニングの喜びを初めて表現したのも淵明であったという。
園日渉以成趣, 門雖設而常關。
園は日びに渉って以て趣を成し、門は設くとも雖も常に関せり。
(庭はひましに自分好みになっていき、門はあるけれどいつも閉ざしている。【歸去來兮辭】
このあたりは、日本園芸療法学会人間・植物関係学会で取り上げてもよさそうな話題である。

 次に挙げられた「初めて」はちょっと意外であったが、淵明は、中国におけるフェティシズム文学の始まりであったそうだ。以下は『閑情賦』の一部。
願在髮而為澤 
刷玄鬢於頽肩
悲佳人之屡沐
從白水以枯煎

願在眉而為黛
隨瞻視以阯g
悲脂粉之尚鮮
或取毀於華粧


願在莞而為席
安弱體於三秋
悲文茵之代御
方經年而見求

願在絲而為履
附素足以周旋
悲行止之有節
空委棄於床前
 但し、この種の詩では、規範から逸脱し、最後は規範に回帰するという展開になっている。なお、このことについても、講演終了後に若干の議論があり、フェティシズムは反体制的側面から捉えるべきであるとの意見もあった。

 今回の講演は昼休みの短時間に行われたものであり、配付資料に盛り込まれたかなりの部分が省略されてしまった。以下、講演の中で取り上げられた他の話題を箇条書きにしておく。
  • 子どもへの愛。
  • 四季折々の風景の美の表現。
  • 官界への未練の克服。
  • 死の悲しみの克服。「自祭文」の謎。


 中国文学に疎い私であるが、たいへんためになるお話を伺うことができた。なお、別の機会に、講演をされた先生に、「先生御自身は陶淵明のライフスタイルを理想としておられるのですか?」というような質問をさせていただいたところ、全く違う、特にガーデニングには全く興味が無いというようなお答えであった。老後はガーデニングが一番の喜びだと思っている私のほうがむしろ、演者よりも陶淵明に似ているところが多いかもしれない。(←但し、私は文才が無いので詩は作れない。せいぜい、デジカメで撮影してブログにアップする程度になるだろう。)