じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 岡大・自然科学研究棟の屋上からのパノラマ風景(1)東方面

 10月22日岡山大学ホームカミングデイ 2011の一環として行われた大学探索ツアーに参加した際、日頃は立ち入ることのできない自然科学研究科棟の屋上から周辺の景色を眺めることができた。忘れないうちに整理・掲載しておきたいと思う。

 写真下半分は説明を書き込んだもの。黄色い線は岡大構内の範囲(但し、半田山には線内には含めていない)を示す。

 東方面で目立つのは教育学部と環境理工学部。遠くには、左から龍ノ口山(龍ノ口グリーンシャワーの森)、芥子山(備前富士)、操山などが見える。


10月25日(火)



【小さな話題】

原子力委員会の原発事故追加コスト試算は、文字通りの机上空論

 各種報道によれば、原子力発電の経済性を検証している国の原子力委員会の小委員会は25日、損害賠償など原発事故に伴うリスクを考慮した発電コストの上昇分は、1キロワット時当たり0.1〜1円であるとする試算をまとめた。この試算結果は 政府のエネルギー・環境会議に報告され、発電方法別のコストを検証する際に使われるという。

 私は原発の絶対廃止論者ではないが、ニュースで伝えられた限りの内容では、この試算はあまりにもいい加減で、委員諸氏が統計学をどの程度理解しておられるのか、疑わざるを得ないという印象を受けた。

 各種報道【主としてこちらの記事こちらからの引用】によれば、小委員会は出力120万キロワット級の原発1基を想定し、福島第1原発事故を参考に廃炉費用を約3200億円と推定。避難や風評被害などの損害賠償を加え、原発事故の標準的な損害額は計約3兆9千億円に上ると算出した。事故の発生確率を国際原子力機関(IAEA)の安全目標の「10万年に1回」とした場合は0.0046円、福島第1原発事故を踏まえた「500年に1回」とした場合は1.2円となることから、小委員会は中間の0.1〜1円が妥当とした。この結果、原子力発電のコストは1キロワット時5〜7円となり、石炭火力の5〜7円、石油火力の14〜17円、大規模水力の8〜13円、太陽光の37〜46円と比べ、数字上は依然「割安」との試算になったという。

 この議論については、委員会内部でも異論が出ており、委員の1人は、除染や廃棄物の費用などを含めると損失額は48兆円に上るとする独自の試算を提示し、コストは1キロワットアワー当たり最大で16円になると主張し、参考意見として併記されたという。

 まず、委員会内部でも異論が出たという損失額の規模であるが、これは、事故がどこで発生するかによって大きく変わってくる。人里離れた砂漠の真ん中や離島であれば、(大気や海水汚染は重大ではあるものの)除染費用は殆どかからない。逆に大都市近郊で起これば、はるかに多くの損失を受ける。今回の福島第1原発は海岸に作られていたことと、風向きの関係で、放射性物質の飛散地域は必ずしも同心円状には広がっていなかった。

 次に、このことより遙かに問題になりそうなのが、事故の起こる確率である。「10万年に1回」というのは安全目標にすぎず、また、「500年に1回」というのは、今回のような巨大地震・大津波による被害を想定したものと思われる。しかし、今回の事故だけに限れば、その根本原因は、大津波によって非常用バッテリーも使用不可能、全電源が喪失するという事態が想定されておらず、適切な対応がとれなかったことにあった。このことだけの個別的教訓であるなら、今後は、非常用バッテリーの設置場所を高台にするとか、外部からの送電を複数系統確保するなどの対応で十分に防げるはずで、同様の事故は100%防げるようになるはずだ。

 問題は、今回のような「想定外」のケースというのは、まだまだ他にもありうるということ。想定外というのは文字通りの想定外であって、10年に1回かもしれないし1億年に1回かもしれない。しかしとにかく、一度でも起こってしまった時には人類滅亡の危機に瀕するような重大な事故も起こりうる。

 特に留意しなければならないのは、重大事故の多くが、自然災害の発生確率ではなく、人間自身が起こすミスによって起こりうるということだ。今回のような巨大地震・大津波が起こる確率は500年に1回かもしれないが、チェルノブイリ、スリーマイル島原子力発電所事故、東海村JCO臨界事故などはいずれも、自然災害に起因したものではなく、人間の誤判断や操作ミスが原因となっている。こういう事故はいつ何時起こるかどうかは予測できず、確率の見積もりも容易ではない。言えるのは、地球上に危険な装置が増えれば増えるほど、人為的なミスが起こる確率は、それに比例して、いや、比例どころかベキ関数的に増加していくものと想定される。そういう意味での事故確率はおそらく数10年に1回以上になるのではないだろうか。

 このほかに配慮すべきことは、1回の事故が起こった時に、その事故が人の命や長期的な環境にどのくらい深刻な被害を及ぼすのかという点であろう。事故が起こる確率が高くても、損失がモノだけで済むならばまだ我慢できる。しかし、それが地球生物の存亡に関わるような被害であれば、いくら確率が小さくてもたまったものではない。原発事故の場合は、原発を作らなければ事故確率をゼロにできるわけで、そのあたりについての廃止論者の主張には耳を傾けるべき点がある。もちろん、火力発電の場合は二酸化炭素排出の影響があるし、水力発電もダム建設の弊害の問題があり、低リスクかつ低コストの模索は容易ではないことは承知しているが。