じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 2011年版・岡山大学構内でお花見(43)イヌツゲの花

 イヌツゲは、ヒラドツツジやサツキツツジとともに岡大構内で最もポピュラーな植栽となっている。この時期には写真のような花をつける。花自体は目立たないが強い芳香があり、多くの蜂などが寄ってくる。スズメバチも来るので注意が必要。

6月2日(木)

【思ったこと】
_b0602(木)国会を廃止し、大政奉還、王政復古にしたほうが日本はよくなるかも

 各種報道によれば、衆院は2日午後の本会議で、自民、公明、たちあがれ日本の野党3党が提出した内閣不信任決議案を否決した。採決結果は賛成152票、反対293票、欠席・棄権は33だった。1日まで賛成を表明していた民主党の鳩山由紀夫前首相は2日午前の首相との会談を受けて反対票を投じ、小沢一郎元代表は欠席し、元代表の支持グループは自主投票としたが、菅直人首相が採決直前に東日本大震災への対応に一定のめどがついた時点で退陣する意向を表明したことで、民主党内からの大量造反はなかった。なお、採決に先立ち、菅首相は2日昼、国会内で開いた民主党代議士会で、これまでの政権運営に「不十分な点があった」と謝罪。(1)東日本大震災の復旧・復興、東京電力福島第1原子力発電所の事故の収束に全力を挙げる(2)民主党を壊さない(3)自民党に政権を戻さない――を「行動の基本」と説明。震災対応に「一定のめどがついた段階で若い世代に責任を引き継いでいただきたい」と表明したという。

 被災地の復興や原発事故、さらに対外的な諸問題が逼迫しているなかで、こうした政争にあけくれている状況を伝え聞いていると、果たしてこのニッポン国に国会が必要なのだろうか、国会議員の給与や歳費のために莫大な税金が投じられていることが本当に国民のためになっているのか疑問に思えてくる。いっそのこと、国会を廃止し、大政奉還し、王政復古の大号令のもとで、天皇陛下に最適任の首相を選んでもらったほうがよいのではないかと思えるようになってきた。

 私自身は決して民主党断固支持の立場ではないし、菅政権の長期存続を望んでいるわけでもないが、国民一丸となって大震災復興に取り組むべき今の時期に、次のリーダーも明示せずに、内閣不信任とか早期退陣とか主張するというのは、いかがなものかと思う。単に辞めろ辞めろというのは、ニッポン国を無政府状態にせよというのと同じことだ。この人なら菅直人以上に頑張ってもらえるという首相候補が明示されているならともかく、そういう代案も無いままに、ことあるごとに欠点ばかりをあげつらって、復興と無縁の政争を繰り返すようであるなら、国会はもはや要らない。

 どの時代においてもそうだろうが、100%完璧な首相というのはあり得ない。いったん決まった総理大臣が60%の長所と40%の欠点を持っているとしたら、与党も建設的野党も、まずはその40%の欠点を補い、政権を支えるような努力をするべきである。その上で次の総選挙の時に、「現政権はそれなりに頑張ったが、私たち野党が政権をとれば、それを上回るような政策を実現できますよ」という形でポジティブに支持を訴えるべきではないかなあ。

 議会制民主主義という制度は、言論の自由や多様な価値観を保証し、官僚主義や汚職・腐敗・不正を監視できるという点では優れた制度であると言える。反面、そういう制度では、各種勢力の中の最大多数派のリーダー、あるいは拮抗する勢力のバランスを保つ調整役的な人物が首相 に選ばれる可能性が高い。しかしそういう人が、政策の立案遂行の最適任者であるという保証は全くない。また、議員も政権も、長くて4年とか6年の単位で選挙の洗礼を受けるため、どうしてもポピュリズムに迎合しやすく、かつ、100年の計といった長期的展望が立てられないという欠点がある。

 仮に国会を廃止し、王政復古の大号令が発せられたとすれば、国王(日本では天皇陛下であるが、ここでは諸外国を含めた一般の王制について述べる)は、みずからが最適任と判断する人物を首相に任命しなければならなくなる。しかし、いくら裁量がゆだねられたからといって、国王は決して、国民をないがしろにして王室の利益だけを追求するような家来を首相にするわけにはいかない。そんなことをすれば、いずれ革命が起こって、みずからも処刑されてしまう。結局のところ、国王は、自国の繁栄のために最も有能と判断される人物を首相に任命せざるを得ないのである。そういう首相のほうが、議会制民主主義のもとで、各種勢力の中の最大多数派のリーダー、あるいは拮抗する勢力のバランスを保つ調整役的な人物として選ばれた首相よりも遙かに有能であるかもしれない。

 王制というと、しばしば、絶対君主のもとで圧政がしかれると思われがちであるが、国王が国民から敬愛されている限りにおいては、わざわざ反対者を弾圧しなくても十分に王制は維持できる。過去の歴史をみても分かるように、圧政や弾圧の多くは、王制ではなく、共和制のもとで、クーデターや革命により成り上がった独裁者が、自らの保身のために行うことのほうが多い。

 今回の政局これを機会に、明治維新の頃の初心にかえって、ニッポン国の将来にとって本当に議会制民主主義が必要なのか、王政復古ではなぜダメなのかということをもう一度考え直してみるのもよいのではないかと思う。