じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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2010年版・岡山大学構内の紅葉(12)薬学部東側のケヤキとナンキンハゼ

 この場所のケヤキは、建物の間から西日が差し込む時間帯に信じられないほどの輝きを見せる。ケヤキは、11月12日掲載の、窓からのケヤキと同一樹。


11月15日(月)

【思ったこと】
_a1115(月)日本心理学会第74回大会(50)年次大会の感想とメモ、連載50回目でやっと終了

 9月20日から22日まで開催された日本心理学会第74回大会の感想・メモを連載してきた。今回取り上げたワークショップ等のほかにもいくつかのセッションに参加したがすでに2ヶ月近くが経過し記憶もほとんど薄れてしまったので、50回目をもって連載終了とさせていただく。

 日本心理学会の大会にはほぼ毎年出席し、その感想・メモはこちらの一覧表からリンクしてある。(今回の74回大会については現在更新整備中。) 過去の連載で特にたくさんの感想・メモを記したのは、 であった。今回は連載回数や分量ではそれらに及ばないが、取り上げたセッションの数はいちばん豊富であった。

 連載終了時に毎回述べることだが、日本心理学会のような総合的な学会では、自分の専門とは異なる領域のワークショップが多数開催されている。自分の専門と異なるそれぞれの領域の最新の成果を知り、どのように連関しているのかを探ることは非常に意義深い。また、そこで得たことは記憶が減衰しないうちにしっかりとメモし、感想を付して記録に残しておくことが望ましい。それを怠ると、数ヶ月後にはほとんど思い出せなくなり、何のために参加したのかが分からなくなってしまう。

 自分の専門に近い領域のワークショップだけに出席したり、自分の研究発表を終えたらさっさと帰ってしまう人が少なくないようにも見受けられるが(←数えたわけではないので証拠はないが、参加者総数に比べると各会場の出席者はそんなに多くないことは確か)、もしそれだけの学会であるならば、領域別の学会があれば十分である。せっかくの日本心理学会なのだから、時間が許す限り、知らない領域に顔を出して知識を広げることも大切ではないかと思う。

 あと、これは、73回大会の時にも指摘されていたことであるが、大学生を対象とした調査研究があまりにも多すぎ、そこから過度の一般化が行われていることは非常に問題である。しかも、かなりの大学教員は、自分の担当する授業の受講生に対して、授業時間内に質問調査を行っているふしがある。その授業の教育目的に照らして、質問調査を体験させることに必然性があるならともかく、単位認定をちらつかせて授業とは直接関係の無い、自己の研究目的のためだけの調査を実施するということがあれば倫理的にも問題ではないかと思う。もっとも、心理学の授業であれば、卒論・修論研究も重要な教育訓練の1つであり、先輩である卒論生や修論生が下級生に調査の協力を依頼するということは致し方ない面もある。しかし、だからといって10分以上を超えるような長時間の調査が毎回のように行われることになれば教育上支障が出る。いずれにしても、そういう調査が許されるのは、教育訓練を受ける卒論生や修論生に限られるべきである。大学教員たるものは、受講生相手に安易に質問調査など行うべきではない。ボランティアを募って、放課後、任意の参加した学生に対してだけ調査や実験を行うべきである。

 もっとも、調査実施の倫理的問題を解消することと、大学生が適切なサンプルであるかどうかは別問題である。この連載の中でも取り上げたが、カリフォルニア大学と北京大学と東京大学の学生を対象とした調査から、日米、米中などの文化差を比較するような結論を出すことはやはり問題である。今回の大会とは関係ないが、北大生と京大生の調査結果から「北海道人」と「本州人」を比較するなどというのも同様。但し、人類共通の生理的メカニズムを背景とした知覚、感覚、条件づけなどの基礎的研究であれば、実験協力者が大学生であってもボランティア参加の社会人であっても結果に質的な差が出ることは考えにくく、サンプリングの問題はあまり起こらないかもしれない。

 私が初めて日本心理学会の年次大会に参加したのは37回大会であった。当時の発表論文集は今でも大切に保管しているが、今回の論文集と比較してみると、発展した領域がある反面、相変わらずモデルの改訂版作りに終始して、何年経っても前に進めていない領域も少なくないように見受けられる。伝統的な実験や調査の方法に縛られず、新しい視点からチャレンジしてみるという動きがもっとあってもよいのではないかという気もした。