じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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2010年版・岡山大学構内の紅葉(4)本部棟前のセンダン

イチョウとほぼ同時期に黄葉する。センダンと言えばセンダンの小宇宙が見物であるが、落ち葉の絨毯も地味ながら趣があるものだ。


11月1日(月)

【思ったこと】
_a1101(月)日本心理学会第74回大会(38)ことばと社会:心理学的アプローチの可能性と問題点(7)日本語学習者の誤用と言語使用の文化的背景(4)

 話題提供の後半では、
  1. なぜ英語では、行為質問は申し出として成立しないのか?
  2. なぜ日本語でも、聞き手(you)主語の質問がより多く用いられるのだろうか?
という2つの問題が提起され、ご自身の説が提案された。それらは、「事象連鎖」という認知的な視点と、Hall(1976)による文化心理学の視点に基づくものであるという。私の理解した限りでそれらをまとめると以下のようになる。

 まず、そもそも、ペンを貸与するという「申し出」場面であるが、これは、
  1. 「ペンを使いたい」という聞き手の状況
  2. 「ペンを貸す」という話し手の行為
  3. 「ペンが使える」という聞き手の行為
という3つの事象の連鎖から成り立っている。それぞれの連鎖には、
  1. 「ペンを使いたい」という聞き手の状況→要望質問、願望質問
  2. 「ペンを貸す」という話し手の行為→申し出、直接行動
  3. 「ペンが使える」という聞き手の行為→行為質問、依頼、命令、提案、許可与え
といった会話表現が対応している。(なお、1.と2.の中間には「ペン持っているよ」というような「所持宣言」もある。)

 日本語母語者であっても英語母語者であっても、上掲の事象連鎖自体の認知は共通していると考えられる。ではどうして違う表現になるのかと言えば、それは、どの事象に焦点を当てるのかに文化の違いが反映するからであるという。

 (ここでいちおう、日本語は「高コンテクスト文化」、英語は「低コンテクスト文化」であるという前提で受け入れて話を進めると)、高コンテクスト文化では、上掲の事象1.と事象2の部分は、聞き手と話し手で共有された文脈となる。であるからして、ペンが要るかとか、ペンが欲しいかといった質問をするのは冗長ということになる。その分、申し出や、聞き手(you)の行為に関する質問がより多く使われるのであろう。いっぽう、低コンテクスト文化では、聞き手と話し手の間で事象1.や2.が共有されにくいので、その分、要望質問や願望質問が多くなるというわけだ。




 以上の話題提供について私なりの考えや疑問を述べると、まず、願望質問が日本語では失礼にあたるのに、英語ではOKであるという理由がよく分からなかった。願望質問は、聞き手の私的領域に侵入するので失礼であるというアイデア自体は分かるが、それならば、なぜ、「人間はそれぞれに特有の欲望や理想や感情に駆動されて行動する独立した主体である」という一般概念を共有しているとされる英語母語者でOKなのかがよく分からない。また、「相互協調的自己観、すなわち、個々の人間は大きなシステムの一要素であり、自分の内的状態や行動をシステムの状態に適合するように行動するという信念が共有されている」とされる日本語母語者ならば、個人の願望についての質問自体はそれほど失礼にあたらないようにも思われる。もっとも、日本人が本当に協調的・集団主義的であるかどうかについては議論があり、日本人の場合は、単に、外向けに(建前で)協調しているだけであって、その内実(本音)は個人主義的であるという見方も無いわけではない。要するに、個人的な願望が無いわけではなく、それをオモテに出したり尋ねられたりするのを避けようとしているだけであるという考えもできる。大相撲の土俵の上でガッツポーズをしたり満面笑みを浮かべるのが好ましくないとされるのと同様である。であるなら、その分、日本人のほうが私的領域を侵害されることを嫌がると考えてもおかしくはない。

 第二に、これは元の調査の質問場面を詳しく調べてみないと分からないのだが、仮に「相手がペンを必要としている時に、相手の人にどのように話しかけますか」という質問項目を立てたとすると、じつは、調査は、相手(聞き手)がペンを必要としていることが最初から前提とされている場面についての調査であるということになってしまう。その場合、「あなたはペンが必要ですか」というような自明のことをあえて尋ねるだろうかという疑問も出てくる。また、英語母語者であれば、通常、手元にペンが無い場合は、自分の方から「ペンを貸してください」と遠慮せずに申し出るかもしれない。そういう要望が出されていないので、本当にペンが要るのかどうか分からず、わざわざ「ペンを欲しいですか」と尋ねる可能性だってあるのではないだろうか。

次回に続く。