じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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8月25日(水)

【思ったこと】
_a0825(水)[心理]『行動理論への招待』に招待された私


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 行動分析学の第一人者の佐藤方哉先生が23日夜、京王線新宿駅のホームで電車にはさまれてお亡くなりになったという。酒に酔った男が、電車を待っていた人たちの列によろめきながらぶつかり、最前列に立っていた佐藤先生が押し出されて入線してきた電車とホームに挟まれたということであった。

 このニュース自体は24日から伝えられていたが、亡くなられたのが佐藤先生であったということを知ったのは、25日の朝になってからであった。まことに残念なことであり、謹んでご冥福をお祈りしたい。

 それにしても、この事故に関するネット記事の見出しは、あまりにもひどい。かなりの見出しでは、佐藤先生は「佐藤春夫氏の長男」というような紹介をされているが、これでは佐藤先生ご本人のご功績は完全に無視されてしまっている。肉親の中にご当人よりももっと有名な方がおられて、その血縁関係をもってご当人を位置づけようとするものであり、死者を冒涜するようなものだと思わざるを得ない。念のため、ネットのニュース検索で関連記事の見出しを拾ってみると、
  • 作家・佐藤春夫氏長男、駅ホームで転落死 サンケイスポーツ - 2010年8月24日
  • 死亡は佐藤春夫氏の長男で星槎大学長の方哉さんと判明 新宿転落事故 MSN産経ニュース - 2010年8月23日
  • 電車接触死の佐藤学長、行動分析の第一人者 読売新聞 - 2010年8月23日
  • 駅ホームで押され電車に挟まれる 佐藤春夫の長男が死亡  47NEWS - 2010年8月23日
  • 京王線新宿駅:電車に挟まれ大学長死亡 作家佐藤春夫長男  毎日新聞 - 2010年8月23日
  • 死亡男性は星槎大学長=新宿駅酔客ぶつかり転落−警視庁 時事通信 - 2010年8月23日
  • 佐藤春夫の長男、電車に挟まれ死亡…男ぶつかる  読売新聞 - 2010年8月23日
  • 死亡者は作家・佐藤春夫の長男  スポーツ報知 - 2010年8月23日
  • ホームでぶつかられ転落 死亡  NHK - 2010年8月23日
  • 酔客ふらっ…押し出され電車とホームの間に挟まれ事故死  スポーツ報知 - 2010年8月24日
  • ぶつかられて挟まれて死亡 大学学長と判明  日テレNEWS24 - 2010年8月23日
  • 男「立ちくらみがした」ホーム大学学長死亡  日テレNEWS24 - 2010年8月24日
  • 作家・佐藤春夫の長男が死亡  デイリースポーツ - 2010年8月23日
  • 死亡は大学の学長…酔った男に押され電車と接触  テレビ朝日 - 2010年8月23日
  • 新宿駅の転落・死亡事故、ホームで何が? 毎日放送 - 2010年8月24日
  • 訃報:佐藤方哉さん 77歳=佐藤春夫記念館名誉館長 /和歌山 ◇佐藤春夫の長男 毎日新聞和歌山版 2010年8月25日 地方版
などとなっており、見出しに「行動分析学の第一人者」という言葉が入っていたのはきわめて稀であった。




 私自身が佐藤先生の御著書を始めて拝読したのは1977年の春であった。ハトのオペラント条件づけの実験で卒論を書いたこともあり、実験的行動分析関連の本や論文は1974年頃から英文で読んでいたが、日本人が書いた行動分析学の入門書としては、『行動分析学への招待』が最初であったと思う。書き込みによれば、読み始めは1977年4月7日、読み終わりは同年5月18日であった。1977年と言えば、3月に修士課程を修了し、博士後期課程に進学してこれからの研究の方向を考える時期にあたっており、この本を通じて受けた影響はきわめて大きかった。当時、私は、京都市北区に下宿しており、大学に用事の無い時は、近くの京都府立植物園に回数券で入園し、園内のベンチで本を読むことが多かった。この本は、読みやすかったこともあって、最初から最後まで園内のベンチだけで読了した。このこともあって、今でも植物園を訪れると、この本の記述内容の一部が頭に浮かんでくるほどである。

 その後、佐藤先生とは、学会の年次大会、各種講演会、学会期間中の昼食時などでご一緒させていただいたことがあった。(こちらに相当昔の記念写真あり。)




 佐藤先生の偉大な功績については別の機会に改めて取り上げさせていただくこととして、ここでは今回の事故に関連することをもう少しだけ書かせていただくことにする。

 上掲の『行動分析学への招待』には「行動分析学的留学記」という付章があり、そこでは、1974年にカンザス大学およびメリーランド大学を留学されたさいに2つの方針を立てたことが記されている(277-278頁)。
  1. 現地についての知識は、最少限必要と思われるものを除いては、あらかじめ持たないこと。
  2. タクシー、観光バスなどは、極力利用せず、足、および、地下鉄、バス等の一般の交通機関を用いること。
そして「この二つの原則は、私の心理学徒としての学問的立場に基づいたものである」と述べておられた。この2.の点は、結果的に今回の事故の遠因になってしまったかもしれない。

 今回の事故をきっかけに電車ホームからの転落を防ぐためのさまざまな施策が講じられることになるかとは思う。ホームに柵や透明壁をつけて電車が完全に止まるまではドアが開かないようにするという方策が有効であることには異論はないが、行動分析学的な発想から言えば、改善の第一はやはり行動を変えることにあるだろう。駅ホーム上において、事故防止のためにはどういう行動を強化、どういう行動を弱化したらよいのかをまず点検し、そのために必要な弁別刺激を用意することが先決。行動を観察せず、設備だけで事故を防止するというのは行動論的とは言えず、有効性に限界があるように思う。