じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



6月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る
§§
2010年版・岡山大学構内でお花見(60)アカツメクサ

 早朝の散歩道で見かけるアカツメクサ。雑草図鑑には「タチオランダゲンゲ」という近縁種もある。ネットで検索したところ、こちらに詳しい解説があり、
  • ツメクサは集合花であり下の方から小花が咲き始めるが、タチオランダゲンゲは、咲き終わた小花が下を向く。アカツメクサは枯れる。
  • 花茎を見ると、アカツメクサは花のすぐ下に「葉」がある。タチオランダゲンゲは、花のすぐ下には「葉」は無いが、花茎には「葉」がある。
  • アカツメクサは毛むくじゃらだが、タチオランダゲンゲはほとんど毛が無い。
というような見分け方が記されていた(要約引用)。

※その後、詳しく観察してみたが、「花のすぐ下に「葉」がある」という特徴が確認できたので、ここではアカツメクサと断定しておく。



6月7日(月)

【思ったこと】
_a0607(月)[心理]ポイント加算20%と現金割引15%はどっちが得か?

 少し前のことになるが、6月3日のネット記事の中で、

ヤマダ電機のポイント加算20%と現金割引15%はどっちが得か

という話題が取り上げられていた。(こちら参照。)出典はプレジデントの雑誌記事。一覧はこちらにあり、毎回、非常に興味深く拝見している。

 さて当該の話題であるが、ふつう、15%よりは20%のほうがお得であると考えてしまいがちであるが、記事にも例示されているように、1万円の商品を3回買った場合は現金割引のほうが支払い額が900円安くなってお得である。ポイント加算のほうがお得になるのは9回購入時以降ということになるそうだが、我が家では、そんなにたくさん商品を買うことはあるまいなあ。

 記事では、消費者が見かけ上の還元率に惑わされてしまいがちな理由として、
  1. 「参照点依存性」:「ポイント加算20%」の参照点は「20」で、「現金割引15%」の「15」と比較した結果、「現金割引のほうが5だけ損だ」と判断してしまう。
  2. 「フレーミング効果」:たとえばコップに半分の水が入っている場合、「まだ半分残っている」と捉えるか、「もう半分に減ってしまった」と捉えるかで、印象はまったく異なる。「ポイント加算」は「貰う」、「現金割引」は「支払う金額」に着目してしまい、「払う」より「もらえる」ほうに惹きつけられる。
の2点を挙げていた【長谷川のほうで要約・改変】。




 以上の説明は納得できるものではあるが、まだまだ他にも「ポイント加算20%」に惹きつけられる理由はありそうだ。

 まず、「ポイント」というのは具体的でタンジブルな般性好子であり、これを受け取ることは「好子出現の随伴性」により強化されるであろう。しかも、ポイントは貯めることができるという累積的な価値をもたらす。これに対して「現金割引」というのは、「好子消失阻止の随伴性」で強化される。割引分の現金は、購入代金として財布から消えていくお金の一部を「消失阻止」したにすぎず、新たなものが手に入るわけではない。上記では「払う」と「もらえる」では印象が異なると記されていたが、印象ではなく、行動随伴性の違いが原因であると考えるべきであろう。

 上述2.の中の

たとえばコップに半分の水が入っている場合、「まだ半分残っている」と捉えるか、「もう半分に減ってしまった」と捉えるかで、印象はまったく異なる。

という効果は、いろいろな場面でヒントになる考え方である。よく言われる「名言」としては、
  • 「余命3年と言われて絶望」→「まだ3年も生きられるのか」
  • 「失明してしまって絶望」→「自分にはまだ聴覚という優れた機能がある」
  • 「優勝できずにガッカリ」→「優勝をめざすという新たな目標ができた」
 こうした「発想の転換」がポジティブな効果を生むのは決して印象の問題だけではない。「まだ○○が残っている」と表明することが、残っている事象の好子としての機能を高める確立操作となり、かつ、残されている好子を探し出す行動の強化をもたらしているはずである。いっぽう、失われた部分のみにこだわることは、好子消失の随伴性による弱化により、新たな行動が強化されない泥沼に陥っている状態であると言えよう。