祝! 開設十二周年

じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 中国自動車道・安佐SA(上り線)から眺める新緑。正面の形の良い山は、ネット地図で調べたところ、「片廻山(かたもうしさん、標高682.0m)」であることが分かった。SAからは富士山のような形に見えるが、中国道をさらに東に進むと、他の山(海見山)まで尾根続きとなっていることが見て取れる。登山対象にはなっていないようだ。


5月6日(水)

【思ったこと】
_80506(水)[日記]じぶん更新日記、執筆開始12周年(2)

 昨日の日記で、
... Web日記執筆という行動の一般的な持続要因、中止要因は以上の通りであるが、ほんの短期間「書いてみる」という段階と、何年にもわたって「書き続ける」という段階では、それをささえる強化の構造や中身にも変化が現れてくるように思う。

...
 以上に限らず、「書き続ける」という行動はそれ自体新たな好子(強化子)を生み出す。それらが複合的、長期的に影響を及ぼしあって、長期間にわたり行動を持続させていると考えることができる。
と書いたことについて補足しておきたい。

 行動分析学の入門書などでは、行動は、強化、弱化といった行動随伴性や消去、確立操作、刺激性制御、ルール支配などの原理によって説明される。それらを斟酌しつつ、きわめてシンプルな言い方をすれば、行動の原因は
  • 行動が活発に起こっているのはその行動が強化されているからである。
  • 行動が起こらなくなるのは、その行動が弱化されたか、もしくは消去されたからである。
ということに尽きる。行動が増えたり減ったりすることの因果説明をするにあたって、それ以外の要因、例えば、意志の力、脳の活性化、自覚、やる気、性格などの概念を新たに付け加える必要は一切ないというのが徹底的行動主義者の立場であると理解している。

 もっともその際に留意しなければならないのは、
  1. 行動の増減に関わる好子や嫌子を発見すること
  2. 行動が強化(あるいは弱化)されている仕組みの全体像を把握すること
という2者の違いである。

 行動分析学はしばしば、望ましい行動を増やすとか、問題行動を減らすといった実践的な場面で真価を発揮する。この場合、有効性という観点から言えば、十分な効果が予見され、かつ制御可能(人為的に付加することが可能、あるいは、環境整備により自然に結果が随伴しやすくなるように工夫できることなど)であるような好子や嫌子を少なくとも1つ発見すれば、当面はそれで事足りる。例えば、毎日、寝坊して遅刻ばかりしている人にとっては、早起き(あるいは早めの就寝)を習慣化するための好子を1つ見つければ当面はそれで事足りる。

 しかし、「有効な好子や嫌子を発見する」ということは、もともとの行動現象を因果的に説明したことにはならない。あくまで「こういうことをすれば、こういうふうになりますよ」という可能性の1つを示したに過ぎないのである。

 このことに限らず、行動が増えたり減ったり、あるいは長期間持続したりするという原因は、1種類の好子や嫌子で単線的に説明できるわけではない。これはWeb日記執筆についても言えることである。




 大幅に脱線してしまったが、このあたりで、Web日記執筆行動の強化因についての考察に戻る。Web日記やブログ執筆者の中には、アクセス数、(コメントの機能がついている場合は)コメント書き込み件数や内容、(何かのランキングサイトに参加している場合は)ランキングの順位、というように、読者の反応に敏感な人がいる。この場合、アクセス数が増えれば増えるほど、執筆行動はますます強化されるであろう。これは、執筆量、執筆時間、更新(エントリー)回数といった客観的指標で確認することができる。そして、こうしたデータから、

●この執筆者において、執筆行動は読者からのアクセスによって強化されている

と結論づけることができる。さらに、第三者(=実験者)が意図的にアクセスを増やすとか、アクセス集計機能を一定期間停止するというような実験操作を行い、そのもとでの執筆行動の変化を観察・記録すれば、その人の執筆行動がどの程度、アクセスによって強化されているのかを詳細に検証することができるだろう。

 しかし、このことをもって、Web日記執筆行動の原因はアクセス数であったと結論するのは大間違いである。

 まず、アクセス数は、執筆行動の強化因の1つではあるが、すべてではない。原因は他にももっとたくさんあり、しかも複合的に関与しているはずである。

 さらに重要であるのは、アクセス数というのも、読者側の行動の1つであって、執筆者との双方向の強化、弱化をもたらしているという点である。

 例えば、ある時、仕事上の都合でWeb日記執筆のために十分な時間をとれなくなったとする。そうすると当然、執筆量や更新(エントリー)回数は減少する。それにともなって、読者側も日記内容がつまらなくなってアクセス数を減らしていくことになる。アクセス数が減れば、執筆者はますます執筆意欲を減退させ(←行動分析学的に言えば、「執筆行動がしだいに消去され」)、さらに、つまらない内容になっていく。この悪循環が執筆休止をもたらすのである。

 つまり、上記の場合、執筆行動の減少の真の原因は、アクセス数減少にあるわけではない。多忙になって、ちょっとだけ執筆時間を減らしたということが、「アクセス数の減少と更なる執筆量減少」という悪循環のスパイラルをもたらしたと考えるべきである。

 経済現象や社会現象についても言えることであると思うが、何かの重大現象は、必ずしも「第一原因」から理路整然と進展して発生するわけではない。「原因」とは呼べない程度の偶発的なきっかけがちょっとした変化をもたらし、そのことから、不可逆的で自己再生産的な因果スパイラルに移行するというケースが結構多いのではないかと思ってみたりする。