じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 1月24日早朝は全国的に冬型の気圧配置が強まり、午前06時現在、県北の千屋では34cm、鳥取県・大山では144cmの積雪となっている。
中国地方全般に雪マークの天気予報や風雪注意報が出されている中、早朝の岡山県南部はよく晴れ、3日連続で、早朝の月の写真を撮ることができた。今回の月齢は27.4。


01月24日(土)

【思ったこと】
_90124(土)[一般]円独歩高からお金とは何かを考える(3)昔より金持ちになったのか、これから先、金持ちになれるのか?


 今回は、表記の通り、

●昔より金持ちになったのか、これから先、金持ちになれるのか?

について、素人なりに考えてみたいと思う。

 まず、そもそも金持ちになるとはどういうことなのか。そのためにはお金の機能についてもう一度確認しておく必要がある。何度か述べたように、私は、お金というのは次のようなものであると考えている。
  • 限られた資源(食物、土地、建物、道具など)のうちの一部を占有できるという権利。
  • 他人からサービスを受けるための契約書としての機能。これも、ある意味では、相手の生活時間の一部を自分のために占有する、という機能と考えることができる。
 かつて人類は、力ずくの争いもって、資源を奪い取り、また、他者を奴隷とすることで、上記の機能を確保しようとしてきた。

 その後、多くの地域において、曲がりなりにも民主主義のシステムが整い、ある程度の範囲で人権が守られるようになると、力ずくの支配に変わって、売買の契約で資源を交換・占有し、また、雇用したり、サービスを購入することで、他者の生活時間の一部を自分のために占有させていただくことがルール化されるようになった。

 昔に比べてお金持ちになったのかというのはそこから後の時代のことであり、要するに、昔に比べて、より多くの資源を占有できるようになったのか、あるいは、より多くの人的サービスを受けられるようになったのかを見極めることが、この問いに答えることとなる。




 ここで少々脱線するが、過去の生活を思い出しながら、いくつか数字を挙げてみることにしたい。

 まず昭和30年代の月給であるが、ネットでざっと検索したところでは、初任給は1万円くらい、普通のサラリーマンの月給は3万円〜5万円、ボーナスは10万円〜20万円(夏冬計)というような数字を挙げているブログがあった。

 こちらのサイトには、1970年と2000年の各種データの比較がある。それによると、
  • 月給 75,670円→396,291円(99年)
  • 海外旅行出国者数 1,258,574人→21,476,620人(97年)
  • カラーテレビ普及率 26.3%→99.0%
  • 乗用車普及率 22.1% →83.6%
  • エアコン普及率 5.9% →86.2%
というように、明らかに、収入が増え、生活が便利になり、海外旅行にも気軽に出かけられる時代になってきたという数字が挙がっている【いずれも、矢印の左側が1970年。右が2000年、但し一部1997〜199年】。

 もっとも、月給が75,670円→396,291円(99年)というように5.2倍になったからといって、物価がそれ以上に値上がりしていたら逆に貧乏になってしまうことになる。

 上掲サイトによれば、
  • 郵便料金(封書)15円 →80円
  • 理髪料金(大人)555円 →3614円(98年)
というように、月給増加分以上に値上げされている料金もある。私自身の記憶でも、例えば、私が大学に入った1971年頃は、確か、市電や市バスは15円〜20円程度、東京〜京都は学割片道で1720円[]、授業料は1カ月1000円であり、いまや5倍から10倍以上に値上がりしている。

]旧・国鉄運賃の表がこちらに掲載されており、1969年改訂時の東京〜京都の片道運賃は2150円であると記されていた。学割は2割引なので0.8倍すると1720円であり、私の記憶で間違いなかったようだ。




 では、本当のところ、我々は

●昔より金持ちになったのか、これから先、金持ちになれるのか?

と言えるのだろうか。

 上記の数字でも表れているように、確かに、ある部分では明らかに「昔より金持ちになった」と実感できるところがある。しかしそれらは概ね、科学技術の進歩の恩恵によるものであり、人的コストや、資源がきわめて限られているものについては、何ら「金持ちになった」とは言えず、むしろ、人件費高騰の影響で以前より「貧乏」になった可能性がある。

 しかし、考えてみればこれは当たり前のことである。ここで、小さな島に100人が暮らしており、人口やその年齢構成に変化が無かったと仮定してみよう。島の外の世界との交流が一切なかったとすると、その島で生産・消費できる量は限られており、増えも減りもしない。また、100人が相互に提供できる人的サービスの総量も限られている。そういう社会にあっては、名目上の賃金や物価がどのように変わったとしても、実際に何かを手に入れたり、何かのサービスを受けたりする時の困難度、冒頭の「占有」という言葉を使えば、資源の一部や他者の生活時間の一部を占有できる可能性というのは増えも減りもしない。よって、その島の住人が、昔より金持ちになったという証拠も、これから先金持ちになれる可能性もゼロに等しくて当たり前。もし、金持ちになれるとしたら、それは、科学技術の向上か、ライフスタイルの改善(←使用量の無駄を省くなど)などの場合に限られる。

 以上述べたことは、1億2700万人が住む日本列島においても、あるいは、地球全体においても本質的に変わらない。但し、国の間で技術や、資源・作物・製品などに格差があれば、相対的な貧富の差は大きく変わってくる。

 次回に続く。