じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 図書館横のクロガネモチの赤い実。昨年12月17日の日記にも掲載したが、1カ月経っても未だ赤い実をつけている。今回は、図書館側からアメリカフウの並木や岡大西門方向を眺めるアングル。



01月19日(月)

【思ったこと】
_90119(月)[心理]「血液型性格判断」が廃れない本当の理由(6)他人の血液型をあてられる確率(3)

 1月17日の日記の続き。

 「血液型をどれぐらいの確率であてられるか?」というのは、数学的には、
血液型(ここでは、ABO式血液型)の分からない人に「あなたは○○型ですね?」と予想を行い、実際に調べた血液型がどのくらい正解であったのか?
ということを意味している。前回いろいろ指摘したように、主観的確率の大きさは、リスクの重大さ、当たった時の印象の強さなどによっても変わってくる。しかし、基本的には、過去の経験の中で「当たった」回数が多ければ多いほど、回答に際してより高い確率を選ぶことは間違いない。

 その際、日本人の場合、A、O、B、ABという4つの血液型の比率は、大ざっぱに言って、順に、4:3:2:1というように偏っており、25%ずつではないという点に留意する必要がある(より正確には、A型38%、O型31%、B型22%、AB型9%というデータもあるらしい)。

 ウィキペディアの当該項目にも
日本人総人口に占めるA・O・B・AB型の割合はそれぞれ4:3:2:1なので、毎回A型と言えば約40%の高確率で正解することになるので、仮にA型の人を高確率で言い当てたとしてもそれだけでは仮説の正当性の根拠にはならない。
と記されているように、ありふれた「性格」を手がかりに「あなたはA型ですね?」と予測すれば約40%の確率で正解となる。偶然に当たる確率が25%であると誤解している人は、40%も当たれば、「他の人の性格からその人の血液型を当てられる確率」はかなり高いものだと思い込んでしまうことになる。




 ここで、9月11日の日記の一部を再掲しておこう。
 記事では冒頭、
北京五輪日本代表の最終メンバー24人が17日に発表されたが、血液型では、A型が10人(41.7%)と圧倒的多数。O型は7人、AB型は5人、B型は2人しかいない。
と記されている。A型が圧倒的多数と書かれているが、日本人全体のA型者の比率はもともと40%前後ではなかったのか。 いっぽう、B型者が若干少ないのが気になる。スポーツ界で差別されたり、B型者であるという理由で偏見を持たれなければいいのだが...。

 記事の後半では、
「A型は、おだてりゃ木に登るタイプ。俺もそうだからよくわかる」と田淵コーチ。こうなると、A型の多いジャパンを束ねるには、星野監督の鉄拳や一喝より、A型で「人当たりが良い」田淵コーチが前面に出た方がうまくいくのかも。
とあったが、何型であろうと、うまくおだてれりゃ木に登る。上記の引用部で「A型は」、「A型の多い」、「A型で」という部分を取り去っても、主張内容は大して変わらないのではないだろうか。
 引用部分の前半にあるように、元の記事の執筆者は、日本選手24人のメンバーにA型者が10人含まれていたことを「圧倒的多数」と表現しているが、おそらくこの人は、A型者が偶然に含まれる確率は4分の1であると誤解していたのであろう。しかし、実際には、41.7%含まれていたことは何ら驚くにはあたらない。

 また引用部分の後半では、田淵コーチが「A型は、おだてりゃ木に登るタイプ。俺もそうだからよくわかる」と発言したと伝えられているが、A型者であろうとなかろうと、日本人の圧倒的多数が「おだてりゃ木に登るタイプ」であったとすれば、「あなたは、おだてりゃ木に登るタイプだから、きっとA型でしょう?」と予測して正解になる確率はやはり40%であると期待され、偶然に当たる確率が25%であると誤解している人などは、「当たっている」と思い込んでしまう可能性が高い。




 では、そうではないケース、例えば、「あなたは変わっているからAB型でしょう?」と予想して正解になる確率はどうだろうか。この場合、「変わっている」という性格は、定義上、そんなにありふれたものではなく、非常に稀なケースでなければならない。「変わっている」性格と血液型との間に何の関連がなかった場合、

「あなたは変わっているからAB型でしょう?」

と予測して当たる確率は、各血液型の4:3:2:1の比率にあてはめればおよそ10%ということになる。いっぽう、

「あなたは変わっているからA型でしょう?」

と予測すれば正解率は40%になるので、そちらのほうが高く、単純に考えれば、「あなたは変わっているからA型でしょう?」と言明する行動のほうが強化されやすいということになる。

 しかし、上にも述べたように、「変わっている」という性格の人に出会う頻度は、「おだてりゃ木に登るタイプ」というタイプの人に出会う頻度よりきわめて小さい。よって、「あなたは変わっているからAB型でしょう?」と予測して不正解になるというケースは、「あなたは、おだてりゃ木に登るタイプだから、きっとA型でしょう?」と予測して正解になるケースよりもきわめて少なく、弱化される可能性はあまりない。

 AB型に関して「変わっている」、「ユニーク」、「貴重」、「二面性」といった偏見が持たれやすいのは、今回述べた「条件づけ型の信念形成」というプロセスではなく、むしろ、「AB型はAとBが混在」という観念的な発想に基づくものではないかという気がする。また、どのような人でも、何かしらユニークな部分は持っているはずであり、血液型性格判断信奉者がAB型者に出会った時には、相手のユニークな部分にことさらに目を向け、それが1つでも見つかれば「確信」してしまうという可能性もありうる。

 次回に続く。