じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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§§ 紅葉見物で思わぬ出費

 楽天版に記したように、11月9日(日)の午後は夫婦で高梁自然公園まで紅葉見物に出かけた。この公園は入場料無料、岡山空港・賀陽経由の一般道を通って行かれるため、ガソリン代以外にはお金がかからないはずであったが、行きがけに2箇所の農産物直売所で買い物したため、思わぬ出費となってしまった。もっとも、さすが果物王国おかやまである。なんでも安く手に入る。
  • 梨(愛宕梨か新高梨):2個で250円
  • ミニトマト:1パック200円×2
  • サツマイモ:7本で200円
  • ぶどう:1房100円×3
  • レタス:100円
  • ブロッコリー:180円
  • 甘柿:1袋(5から7個)100円〜120円を6袋
  • 渋抜き柿:6個入り200円
  • みかん:1袋(10個程度)100円を4袋
  • 生姜:1パック200円×2
  • ネギ:70円
  • ほうれん草:100円
  • 菊菜:70円
  • イチジク:1パック200円
  • にんじん:7本入り100円
ということでざっと4000円の出費であった。

 なお、高梁自然公園の写真は随時、おでかけガイドの特設アルバムに追加していく予定。


11月09日(日)

【思ったこと】
_81109(日)[心理]日本心理学会第72回大会(37)well-beingを目指す社会心理学の役割と課題(9)コヒアラント・アプローチによる主観的Well-Beingの個人差の探求(8)

 話題提供の後半では、クラスタ分析やパス解析に基づく様々な結果が紹介されていたが、私自身がこの方面の研究の流れを熟知していなかったことと、ご発表時間が限られていたこともあって、内容を十分に理解することはできなかった。

 そうした不十分な理解のなかでの感想であるが、ここで言われている「コヒアラント」とは、どうやら、
人間の行動傾向や充実感には、場面や関係性を超えた固定的な一貫性は見られない。よって、伝統的な特性論的理解はもはや破綻してしまっている。しかし、「if-then」型で条件付きで記述すれば、やはり、一貫性が認められる。
という観点を推し進めたものであり、例えば、Aさんが何人かの人たちと一緒にお酒を飲んでワイワイするという場合を考えた場合、
  • Aさんは、いつでもどこでもお酒を飲んで楽しむわけではない(←固定的な「社会的外向性」があるわけではない)。
  • Aさんは、長年つきあっている友人たちとお酒を飲む場合には充実感が得られるが、会社の同僚と飲む時はちっとも楽しくない(関係性)。
  • Aさんは、長年つきあっている友人たちとお酒を飲む場合には充実感が得られるが、同じ友人たちと観光旅行をしてもちっとも楽しくない(場面)。
というように、場面や関係性の影響による違いが明白である一方、同じ場面や関係性を設定すれば、そこでの充実感は安定しており一貫性が示される、という形で結論を導いていくことになりそうである。

 このことでふと思ったが、こうした捉え方では、充実感というのは、個々の場面や関係性の中で単独かつ断片的に発生し消失していくということになりはしないだろうか。しかし、ある長期的なスパンの中で人生を顧みたり、複数の行動の連関や相互作用として捉えてみた時には、より大きな充実感が得られるということもある。例えば「楽あれば苦あり、という起伏の多い人生こそが充実感を与える」と言った場合、「楽あれば苦」の中の「苦」は単独で評価すればどうみても充実感の得られる場面とは言い難い。いっぽう「楽」もその場面だけで楽しむのではなく、楽と苦のコントラストがあって初めて価値が出てくるというようにも見える。

 おそらく、いま例示したような見方は、「苦労や努力から培われる意義(eudaimonic well-being)」(11月4日の日記参照)を対象とした研究の中で重視されてくるのであろう。今後もこのあたりの文献を読んでいきたいと思っている。


 次回に続く。